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  〜家〜
  (Main:知佳 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






  ダイニング。息を吹きかけて真っ白に曇った鏡のように、冬の曇り空が張り詰めた表とは違い、
 そこは暖房とキッチンからの熱により十分に、少々暑いほど暖められていた。


 「うひ〜、ただいまー、おにーちゃん」


 「おっす、お帰り。今日は寒かっただろ」


  そんな暖気の中へ鰹節を見つけた猫の如く飛び込んできたのは、寒さに目を潤ませ頬と鼻の頭が
 ちょっぴり赤く染まっていた知佳だった。


 「うん、耳とか鼻がもう痛くなっちゃって……あ、ついでに新聞持ってきたよ」


 「おーありがとな知佳」


 「えへへ♪」


  耕介は反射的に出逢った頃より少しだけ高くなった知佳の頭を撫でる。二人が恋人同士になって
 からは更に、こんな些細なスキンシップの数もまた増えていた。


 「おっと」


 「あ、落ちたよお兄ちゃん」


  そう言いながら既に知佳の体はテーブルの下に潜っていた。


  耕介が袖に半分ほど埋まっていた知佳の手先から薄い夕刊の束を受け取る時、はらりと挟まれて
 いた広告が中から滑り落ちたのだ。


 「はいこれ」


 「サンキュ知佳。なになに、不動産の広告か……」


  知佳からその白い広告を受け取ると、耕介は何気なくテーブルの上に広げてみた。


 「建てたばかりの家、駅から歩いて僅かこれだけ、最初にこれだけ払えばすぐに住めます。か」


  新築建売・駅十五分・頭金六百万。


  そうして間取り図の端に白地に赤文字でシンプルに書かれている、一見特殊な不動産表記を解読
 していく。


 「はぁ。でも俺みたいな甲斐性無しには、一戸建てなんて夢もまた夢だよなぁ」


 「そ、そんな事ないよー」


 「まぁここを離れる事自体、あんまり考えた事ないし」


 「だよね」


  まゆお姉ちゃんも一生ここに居るつもりみたいだしね。


  そう言って知佳も兄の意見に賛同する。


 「知佳はどうだ?」


 「え?」


 「知佳ならどんな家に住みたい? 例えば白い家がいいだとか、庭におっきな犬がほしいとか」


 「ん〜と、わたしならねえ……」


  知佳はあごに指をやって少しの間考え込むと、地方紙だからか今どき珍しく真っ白な広告の裏に
 向かってペンを走らせ始めた。


 「ここが夫婦の部屋で、こっちが子供部屋。最初は兄弟一緒の部屋で、大きくなったら別々にして
 あげるの」


 「ほうほう」


  意外にも慣れた手つきで知佳はさらさらと未来の家庭の、家の間取り図を想像して描いていく。


 「で、こっち側は全部ベランダで繋がってるの」


 「やたら具体的だな」


 「え? あ、実はわたし昔っから、こんな事ばっかりしてたんだ……」


  ふと漏らした耕介の疑問を聞いて、今まで楽しげに話していた知佳の表情に急に影が差し。


 「おかしいよね、自分が居た家の間取りすら、よく知らなかったのに」


 「知佳……」


 「だのに理想の家の絵を描いてるなんて。へへ、やっぱりちょっと暗いかな」


 「そんな事ないさ」


  自分の殻に閉じこもっていた子供時代を思い出し、自嘲気味に笑顔を作る知佳。それを吹き飛ば
 すように、両手を広げた耕介はことさら明るく否定してみせる。


 「子供の遊びとしてはよくあるものさ。ままごとなんかと基本は一緒なんだから」


 「うん。ありがとね」


 「でも今は大人なんだから」


 「え?」


  驚いた知佳が顔を上げると、そこには待ってましたとばかりに耕介がウィンクしていた。


 「もうちょっと、具体的に考えてみようか? 俺たち2人の家を、さ」


 「あ、うん……」


  目の前の愛する人との、結婚後の新居。スウィートルーム。


  ずっと夢見ていた事ではあったが、改めて人から言われると知佳はかあっと自分の頬が熱くなる
 のを感じて。再び俯いてしまうのだった。


 「まずここが2人の、夫婦の、部屋ね?」


 「お互いのプライベートな部屋は無しか」


 「ダーメ。いっくら喧嘩しても、仕事で夜遅くなっても。必ず2人一緒にこのベッドで寝るのっ」


 「むぅ、深いな。分かった」


 「よろしい。でこっち側に子供部屋で、それでお風呂はおっきい、家族全員では入れるやつ」


 「そんなに部屋数増やしたら、このさざなみ寮みたいになっちゃうぞ」


 「えへ、いいもーん♪ でねでねこっちがね……」


  こんな他愛も無いままごとを、今は一緒にしてくれる人が居る。


  知佳の、そして耕介の心は今のダイニングの空気よりも温かなもので満たされていた。






                                       了











  後書き:実は私はこうやって理想の間取りなんかを考えるの、苦手です。
      大学生の時、教授は「3回家を建てるとようやく理想の家ができる」
      なーんて言ってたけど、普通三回も建てられないってば。ねぇ?





  05/01/15――UP.

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