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  カシャン!


  あ、やばい。と真雪は思った。


  今までに何度も眼鏡を落とした事はあった。しかし今風呂場に響いたその音は、それまでに聞い
 た音とは違って聞こえたからだ。


 「え〜と……あちゃーやっぱり」


  眉間にしわ寄せ、目を凝らしつつ真雪は屈みこんでタイルの上を確認する。眼鏡は案の定片方
 のレンズにはヒビが入り、もう片方に至っては砕けてフレームから外れている状態で。


  ヒビ程度ならまだ使えるかもと思っていたが、流石に再起不能を悟った真雪は破片を拾い上げる
 と、ぼんやり霞む視界の中を手探りで風呂場から出たのだった。








  〜きみといつまでも〜
  (Main:真雪 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)








 「おーい、こーすけ、おーいってばよー」


 「……はーい、ハイハイ、今行きますよなんですか一体」


  大声で何度も呼びつけられ、流石の耕介も少々辟易しながらも駆けつける。丁度玄関の掃除を始
 めようとしていた所でもあり。


  脱衣所に入るとジャージのズボンにシャツのみ、当然ノーブラという普段見慣れたはずの格好の
 真雪が待っていた。なのに耕介はそれを見てちょっとドギマギしてしまう。


  理由はすぐに気が付いた。いつもかけている眼鏡を真雪がしていなかったのだ。


 「どったのよ真雪……あれ、メガネは?」


 「これ」


 「ありゃりゃ」


  短い返事と共に差し出された手の中を耕介が覗き込むと、そこにはかつて眼鏡だった成れの果て
 が蛍光灯の光を反射していた。


 「落としちゃったとか?」


 「そ」


 「ありゃーこりゃもう駄目だね……新しいの買いに行かないと」


 「分かりきった事を改めてゆーな。ヘコむ」


 「はは、まぁ壊れちゃったもんはしょうがないから」


  何故か真雪は眼鏡を新しくする事に余り乗り気ではないようだった。未だに眼鏡の残骸を名残惜
 しそうに見ている。


 「だから、ん」


 「へ? あーはいはい、先ずはリビングまで行きますか」


 「んー」


  そうして突然差し出されたもう一方の手に耕介は面食らったが、すぐにその意味を理解すると、
 真雪の手を引いてゆっくりとリビングの方へと歩き始めた。


 「……なんかメガネが無いと、違って見えるよね」


 「そうか? ま、いっつも着けてるもんだからな」


  時折振り返り真雪の様子を確認する。普段あまり見られない恋人の素顔がそこにあって、耕介は
 何だかちょっと得した気分になり。ついついその頬が緩む。


 「あーでも新しいメガネなんて作りに行きたくねーよー」


 「? なんでさ」


 「面倒くせーし、どうせまた度が進んでる気がするしよー」


 「いいじゃん、今の目に合ったメガネになってさ」


 「更に度が進みそうで恐い」


 「あー何となく分かるよ。人に眼鏡借りた事あるけど、世界がグラグラ回ってる気がしたもんなあ」


  あたしちょい乱視も入ってるし、といつになく弱気な真雪。


 「合ってないメガネだと余計に目悪くなるとも言うけどね」


 「職業病だからしょうがないんだけどさー、このまま悪くなってったらって思うとちょっとな」


 「その内老眼入って、近くまで見えなくなったりして」


 「げー恐い事言うなよお前」


 「ははは」


  今のままでもほとんど見えねーのに。そう言って無意識に握った手に力が込められる。


  そんな真雪の柔らかな手を、耕介はぎゅっと握り返した。


 「じゃそうなったら、いつか俺が真雪お婆さんの手を引いてあげようかね♪」


 「……先に足腰立たんようにしたろかコラ」


 「あだっ」


  殴ってから言う真雪だった。






                                       了









  後書き:私が眼鏡割っちゃうのは大抵お風呂場ですね。それか洗面台とか。
      案外下が硬くて眼鏡落としそうな場所って他に無いからかな?





  05/01/05――UP.

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