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  〜キンシャサの奇跡〜
  (Main:ゆうひ Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






  その日のゆうひの帰宅は昼過ぎと、普段より大分と早かった。


  特に深い理由があったわけではなく、午後の講義が休講になったり、その後友人が誰も都合がつ
 かなかったりと単に偶然が重なった結果であったのだが。


  まぁこんな日があっても好いかな、とゆうひ本人も気楽に思いながらの帰宅だった。


  後にあのような悲劇が待ち受けているとも知らずに。


 「えーとALCOからバーゲンの葉書と……あれ、奥になんかある」


  門をくぐるついでにゆうひは郵便受けを開けてみる。


  普段郵便物は大抵管理人である耕介が回収し、住人に分配しているので滅多に開けないのだが、
 時間が早い事もあり中にはまだ幾つかの郵便物が残っていた。


 「あっ、これひょっとしてあの懸賞の! katieのシャツ?!」


  その日のゆうひには何か予感めいたものがあった。


  その予感通り、郵便受けの奥に縦になってはまり込んでいた、大き目の封筒を苦労して引っ張り
 出すと、そこには堂々と『当選おめでとうございます』の文字が。


 「うわ〜当たったんや〜♪」


  共に書かれていた雑誌名からすぐさま懸賞に当たったのだと分かり、ゆうひは嬉しさの余りその
 封筒を抱きしめようとする。


 「キャッ!」


  が、彼女は急に小さく悲鳴を上げ、投げ捨てんばかりの勢いで封筒を引き離した。何故か。


  封筒の口辺りに何匹もの小さな蟻が、ウヨウヨと集っているのを見つけたからだ。


 「ウヒ〜……この、このっ」


  直接手で払うのもおぞましく、仕方無しにゆうひは摘んだ封筒をえいっ、えいっと柱にぶつけて
 蟻を追い払う。


  しかし何度も何度も、確かに振り払っているはずなのに何故か一向に蟻の数は減る様子がない。
 それどころか次から次へと、更に封筒の隙間からぞろぞろ這い出て来ているように見える。


  このままでは持ち帰る事も出来ず、おかしいと思ったゆうひは意を決してその場で開封してみる
 事にした。


 「ギャーッ!」


  封筒の口をパリパリッと開けた途端、悲鳴と共に今度こそ本当に投げ落としてしまっていた。


  ゆうひが見た封筒の中では、なんと数匹の羽蟻達が巣を作り掛けていたのだ。


  何故巣を作りかけていると分かったのか。それはご丁寧にも、ちょっと土まで持ち込んだ様子が
 あったからだ。


 「な、な、なななななん……」


  余りの出来事になんでやねん、のツッコミすら出てこない。


  最近温かくなった影響か、家の中でも何度か小さな蟻を見かけた事があったが、まさかこんな所
 に巣を作られるとは。


  ある意味わが身に起こった奇跡にゆうひは絶句し、暫しぼーぜんと固まっていた。


  一体何時から巣を張られていたのか。先程封筒は郵便受けの見え難い部分に挟まっていたから、
 もしかしたら暫くの間回収されずに放置されていたのかもしれない。


  土は持ち込まなければ存在しないが狭く、また郵便受け内は温かで雨が当たらない事が蟻のお気
 に召したのだろうか。


 『働きアリよ。わらわはここにわらわの根城を築く事に決めたぞ』


 『はっ。女王アリさま』


 『土が無いのはいささか不便じゃが……ホホホ、まぁ運び込めばよい事じゃ。さあ、我らアリ帝国
 の幕開けじゃ!』


 『オオ、女王アリさまばんざーいっ! アリ帝国ばんざーいっ!』


 『はあ〜っはっはっはっは〜っ! 封筒の中は、天国じゃ〜……』


  何故かそんな情景がアニメーション付きで、くわんくわんとゆうひの脳内を駆け回る。


  が何時までもそうしているわけにはいかない。あの封筒の中にはせっかく当たったkatieの
 Tシャツが入っているはずなのだ。


  我に返ったゆうひが恐る恐る封筒を開き、特に蟻が群がる入り口付近はなるべく見ないように、
 奥を覗くとお目当ての黄色いTシャツは内袋も何にも入れられず直で入っていた。


  それだけでもう、ギャーっといった心境だったが、それでも勇気を振り絞り人差し指と親指だけ
 でそろりそろりとTシャツを引っ張り出す。


  恐怖心よりも物欲が勝ったと言うと聞こえは悪いが、こうしてゆうひはなんとか懸賞品を得る事
 に成功した。幸いな事にシャツ自体には余り蟻は集っていないようだ。


  すぐにバタバタバタッ、と顔を背けながら勢い好くシャツをはためかせる。青空に舞い踊る黄色
 の色鮮やかさとは裏腹に、ゆうひの心は暗澹としたものだった。


 「……ふぅ」


  きっかり三十ほど振っただろうか。手を止め、全く酷い目にあったとゆうひは嘆息する。


  ふと足元を見やると、投げ捨てられた封筒からは未だわらわらと小蟻達が這い出してきていた。
 思わず小さく飛び退く。羽蟻の方は見当たらない。まだ中に居るのだろう。


 「…………」


  赤字で印刷された当選おめでとうの文字を見詰める内、ゆうひの胸に沸々と怒りが湧いてきた。


  そう、これは私の物なのだ。四百九十円の雑誌を購入し、応募券を切り取って五十円葉書に貼っ
 てポストへと投函した結果送られてきた、正当なる私の所有物なのである。蟻なんぞに盗られてた
 まるか。


  何時の間にかその怒りに任せて、ゆうひはある行動に出ていた。


 「えい」


  踏む。


 「えいえい」


  踏む踏む。


 「えいえいえいえいえいえいえいえいえいえい」


  踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む。


  滅多矢鱈に踏みまくる。外からは見えないが中では確実に羽蟻達は潰れているであろう。


  そのまま封筒はゴミ袋に入れて捨て、ようやく気の済んだゆうひは改めて手に持ったTシャツに
 目をやる。


  何度も払ったはずだが何か気持ち悪い。土汚れだけでなく何か蟻エキスのような物が色々と染み
 付いているような気がする。図書館の推理小説には毒が染み込んでいるように。


  やっぱり洗うしかないかな。


  そう決意したゆうひの足は、何故か寮内の洗濯機のある洗面所ではなく、ある人物が居るはずの
 ダイニングへと向っていた。


 「こ〜すけく〜ん」


 「……なんだいこの子は。気持ち悪い猫なで声なんて出して」


  突然背後から声を掛けられ、まるでおかんのようなリアクションを返したのはここさざなみ寮の
 管理人、槙原耕介であった。


 「ちょーっとお洗濯をお願いしたいんやけど、ええかな?」


 「ああ? まあ、別にかまわんが」


  唐突な頼み事に戸惑いながらも取り敢えず了承する耕介。


  しかし後ろ手に隠した黄色いTシャツを取り出し、続くゆうひのお願いは、更に彼を混乱させる
 ものだった。


 「ありがと♪ ほんでな、出来ればこのTシャツをうちのやのうて、耕介くんの洗濯物と一緒に洗
 てもらいたいんやけど……」


 「は?」


  ゆうひが耕介に問い詰められ、ぱかっと頭をどつかれるのがこの五分後。






                                       了









  後書き:私はヘビー級ボクサーの体型が好きだったり。
      こう、巨大な自分でも持て余し気味の体をゆっくりと、
      ゆっさゆっさと揺らしてステップ踏んでる姿とか。何か好き。





  06/07/27――UP.

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