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 「これでもう買い忘れは無いよね? 真雪」


  と、ハンドルを握りながら耕介が思い出したように言った。


 「んー、多分」


 「……不安の残るお言葉。また店まで戻るのはご免だよ?」


 「わーってるって」


  さも鬱陶しそうに手で払いながら、真雪は窓の外を理由も無く眺めたまま。


  真雪と耕介二人の乗った車は、買出しからの帰り道の途中であった。








  〜交差点〜
  (Main:真雪 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)








 「にしても……よー降る雨だなこりゃ」


  カチン、と眼鏡を窓にぶつけて真雪がため息のようにそう呟いた。


  外は降りしきる雨に一面灰色のフィルターを通したようで。真雪の姿が映り込んだウィンドウに
 は何本もの雨雫の川が流れ、時折バシャリと車輪が水を撥ね飛ばす音が聞こえてくる。


 「だねぇ、昨晩からだっけ?」


 「ああ、夜中仕事してっ時にザーって音が聞こえ始めたからな。それからずーっと降ってやがる」


 「雨も嫌いじゃないけど、こう続かれるとなんか憂鬱というか、気分が腐っちゃうよね」


  相変わらずやや遠い声でああ、と答える真雪。普段よりやや大人しめな二人の会話も、そんな雨
 が原因だったのかもかもしれない。


  そうする内耕介の運転するセダンが左折しようという所で、信号が黄色から赤に変わり切る前に
 早めに止まった。


 「行けよ今のぐらい」


 「止まった方がいいって。雨も降ってるし安全運転安全運転」


 「ふん」


 「それが俺のヒビキ」


  どこか誇らしげなその口調にますます真雪はそっぽを向いてしまう。耕介は信号待ちでようやく
 手の空いた視線を、そんな妻の方へと投げ掛けた。


 「ん?」


  そこでふと耕介の目がとまる。雨に濡れるフロントガラスの斜め向こう側、交差点の端で下校中
 らしき制服姿の二人の女子中学生が、傘を差して立ち話をしていた。


  ここが二人の別れ道なのだろうか。強い雨の中にもかかわらず、はっきりとは見えないが時折楽
 しそうに体ごと傘が二つ揺れている。


  そんなに話をしたくば、どちらか互いの家にでも寄ればいいものを。耕介は思った。そして今の
 自分ならば、どこか喫茶店にでも入ってしまうであろうなあとも。


  好きな子と話したい、しかしどこかへ寄るなどという事は思いも寄らない。結果雨の中立ち尽く
 す事となっても、それがまったく苦になっていない。かつて自分も持っていたであろう今は失って
 しまったそんな情景が酷く懐かしく、まぶしく見えて。


  手前の娘は栗色の髪のセミロング、奥の娘は眼鏡にお下げ髪と学生らしい純朴な見目形がまた、
 耕介が見知らぬ少女たちに好感を抱くのにより拍車をかけていた。


  結果耕介は手前の真雪の存在も忘れて、歩道の一角を暫し見詰め続けていたのだった。


 「耕介、青」


 「あ、はいはい」


  突如かけられた声に慌てて、横断歩道を渡る者が居ないか確かめながらゆっくりと左折していく。
 未だ彼女たちが横断歩道を渡る事は無かった。


  暫く車を走らせながら、耕介は先ほどの情景を思い起こし湧き上がる笑顔と言葉を我慢できずに
 つい、口を開いた。


 「いや〜やっぱり若い娘はいいねえ元気があって♪」


 「……わーるかったねぇ? 隣に居るのがこーんな年増で」


 「だ、誰もそんな事言ってないでしょ?!」


 「悪うござんしたねぇ、最近ろくに太陽も拝んでない半引き篭もりの嫁で」


 「てっ、イデデッ! てか危っ!」


  自分の言葉を思いも寄らぬ方向に取られ、驚き慌ててフォローするが妻は聞いてもくれない。


  結局耕介は寮に帰り着くまで、わき腹を抓られたり肩をパンチされたりと真雪の攻撃に耐え続け
 ねばならなかった。






                                       了









  後書き:私にもあんな風に帰り道に立ち止まって話し込んでいた頃があったな〜なんて、
      ふと目にした風景にそんな事思ってしまいました。
      ……年取ったね。





  05/05/22――UP.

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