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  〜ムーミン谷〜
  (Main:ゆうひ Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






 「そうだゆうひ、明日からの準備はもう出来てるのか?」


 「うん、まぁ大体は」


  そう言って耕介は隣に寝そべるゆうひのほつれ毛をかき上げた。二人とも一糸纏わぬ姿のまま、
 まるで鰯のように並んで布団に包まっている。


  明日からまた歌手として公演に出かける事となっていたゆうひ。暫しの別れを惜しみ、ベッドの
 上で睦み事を終えた所であった。


 「今度の公演はどれぐらいになるんだっけ」


 「ちょい長めかな? 前後含めて、丸2ヶ月ぐらいは帰って来れへんと思う」


 「そうか……」


  分かっていた事ではあったが、それでも長い別離を恋人の口から聞いた瞬間、耕介は己の表情が
 曇るのを隠し切る事は出来なかった。


 「淋しいん? 耕介くん」


 「ん? まあちょっと、な」


 「そか」


 「流石にもう慣れたとはいえ、やっぱりゆうひは俺の……世界で一番好きな人だから、さ」


 「ん……」


  耕介の気持ちに顔を赤く染めながらも、ゆうひは申し訳無さそうに沈黙する。


 「ゆうひはどうなんだ? 向こうじゃその、不便、してないのか?」


 「え、うん……そうでもない、かな?」


 「なんだ、そうなのかよ」


  不便という言葉に淋しいという気持ちが込められているのは明白だったが、悩みながらもゆうひ
 が否定した事に、耕介も今度は隠そうとはせずがっくりと肩を落とす。


 「初めは……うちも、辛かったで」


 「うん」


 「あの時は、その、正直帰って来れるかどうかも、分からへんと思ってたから……」


  目の前の何も無い空間に向かって、ため息のように吐き出された。それは今でこそ分かる、今だ
 から言えるゆうひの正直な気持ち。


 「でも今は本当に、ここがうちの家なんやって気持ちがあるから。どこ行っても、このさざなみ寮
 に帰って来れるんやーって分かってるよって」


  そして自分にとってその家とは、あなたの居る所なのだと。


 「耕介くんのおかげやで?」


  そう言ってゆうひは笑顔と共に、人懐っこい目を耕介に向けたのだった。


 「だから今はちょっと、歌以外にも、どっかよそ行くんは好きになってきたかな」


 「そっか。そりゃ良かった」


 「ほんでヤッパリ家が一番、ってね」


 「結局そんなオチかよ」


  見詰め合い、同時にクスクスと笑い合った二人。離れた時があったからこそ、今こうして一緒に
 居られる事がどれだけ幸せな事なのか、実感する事ができる。


 「さざなみは……ここはまるで、ムーミン谷みたい」


 「ムーミン谷?」


 「うちはスナフキンになって。冬眠してる間だけ旅して、春になったら耕介くんの待つムーミン谷
 に帰って来るんや♪」


 「じゃあ俺はムーミンかい」


 「あっはは、ヘムレンさんでもニョロニョロでもええよ」


  憮然として、ムーミンのように下膨れに膨らんだ耕介の頬を、ぷにぷにと突きながら。ゆうひは
 愛する人に触れられる幸せを噛み締めていた。


 「……でもな、耕介くん」


 「ん?」


 「うちも、淋しいことは淋しいんやで?」


 「ああ、分かってるよ」


  そうしてゆうひの手が耕介の胸の上をすべり、胸から腕、向こう側のシーツへと移動していくと
 やがて体ごとにじり寄る。


 「だから……な?」


  足同士を絡め合い。柔らかな乳房が二つぷにょん、と耕介の硬い胸の上に乗っかった。


 「今夜はまだ、一緒なんやから……」


 「ゆ、ゆうひさん? あなた確か――」


  明日は早いんじゃ、という言葉が出る前に、耕介の口はゆうひの唇によって塞がれ。


 「逢えない分少しでもうちの中に、耕介くん、残してってなー」


  初めとは逆で、今度はムーミンがスナフキンに押し倒されていった。






                                       了









  後書き:ムーミン、好きなんですよね。
      アニメもいいけど原作の小説が好きです。シュールで。
      ニョロニョロは種を蒔いたら地面から生えてくるとか……





  05/01/15――UP.

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