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  〜OBSTACLE RACE〜
  (Main:望 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






  今年、藤田望はさざなみ寮の寮生達によるクリスマスパーティーに参加してた。


  偶々都合がついた事と、美緒の強引なお誘いの結果である。初めは顔見知りとはいえ目上の者達
 に囲まれやや萎縮気味の望であったが、時間と共にやがて緊張も取れていき。


  来てよかった。


  今はそう思えるほど、望は賑やかな周りを一歩引いた状態で眺めるといったポジションで、その
 場を楽しんでいた。


 「どう望ちゃん、楽しんでる?」


 「は、はいっ」


  耕介が傍に来ると、安心すると同時に別の理由で緊張してしまう望。しかし彼女が顔を赤らめて
 いるのはいつもの事なので誰も気にする事は無かった。


 「そうだ耕介、今日はせっかくこの娘が居るんだから、アレ、やらないか?」


 「あれ? あーアレね。いいですね真雪さん」


 「ふえ?」


  そんな二人を端から眺めていた真雪が不意に、グラス片手に耕介を小突きながらそう言った。


  振り返った耕介の方も、真雪のほらあの椅子とか並べてといった説明にすぐに察して頷き返す。
 一人意味の分からない望は、自分の事だよね、と少し不安げに二人を見上げていた。


  宴も酣、パーティーも開始から暫くが経ち食事も一部を除いて一段落ついた様子。ここらで一つ
 イベント事が欲しいといった空気で、真雪の提言に他の皆もぞろぞろと集まってくる。


 「望ちゃん、こういうゲームやったことある?」


 「は、はい?」


  皆の視線が集中し、またカアッと顔を赤らめた望は、耕介の質問と説明にただ首を縦横に大きく
 振るばかりだった。


 「こうして椅子やら机やらを並べた所を、目隠しした状態でそれに当たらないよう通るんだ。周り
 の人達の声に誘導してもらってね」


 「はあ」


 「鬼さんこちら、みたいなものかな。どう? 知ってる?」


 「い、いえ。知りません」


  それはよかった、と耕介が頷くと早々に準備が始まった。テーブルやソファーが端に寄せられ、
 椅子やゴミ箱など障害物になりそうなものが次々と並べられていく。


  望は突然の流れについていけずおろおろとしていた所を、不意に誰かに手を引かれた。


 「じゃあこっちも準備しよっか」


 「え? は、ハイ……」


  そうして拒否する間もないまま、望は耕介によってトイレへと連れて行かれてしまったのだった。


 「よっと……これでOKかな?」


 「ええっと耕介さん、左の下からちょっと、光が漏れてます」


 「はいはい」


  その場で目隠しを施される。アイマスクの二枚重ね。そして律儀に目隠しの調子を告げる望。


  耕介はアイマスクの上の一枚だけを、ちょっと左下へと引っ張った。


 「あ、もう大丈夫です」


 「うん」


  そうしてリビングの方の準備も整った事を確認すると、耕介は再び望の手を取った。


  スイッ、と手を引かれる。しかし望は行きとは違って暗闇の中足を踏み出す事に躊躇し、思わず
 抵抗するようにその場に立ちすくんでしまう。


 「あっ」


 「大丈夫? ゆっくりでいいから。足元、気をつけて」


 「……はい」


  耕介に促されそろりそろりとすり足で進んでいく。握られた掌の温もりとこれから始まるゲーム
 への不安と期待にちょっとドキドキしながら、望はゆっくりとリビングへと戻っていった。


 「はいSTOP」


 「は、はい」


 「よっ! 待ってました望ちゃん」


 「のぞみー、ガンバレー!」


 「望ちゃんファイトー♪」


 「いいかな、ここから前に向って歩く。皆が周りから声で誘導してくれるから、それを聞いて上手
 く障害物を避けて通るんだ」


 「はい」


 「もし危なくなったら俺がちゃんと助けてあげるから。心配せずに思い切ってやってみな」


 「はいっ!」


  リビングにつくなりワッと囃し立てるような歓声が望の体を包み込む。皆の声と耕介に励まされ、
 望も自然と興奮してきた。


  見えない目でキッと前方を睨み、小さく握り拳を作る。


 「それじゃー……よーいスタート!」


  望の挑戦が始まった。


 「先ずは目の前に何にも無いから、そのまま真っ直ぐ進んで!」


 「は、はい」


  恐らく今目の前には、リビングを出る時に見た沢山の椅子や電気スタンドなどが立ち並んでいる
 事だろう。


  そう思うとなかなか初めの一歩を踏み出せないでいた望だったが、声に押され二、三歩よろめく
 ように前へと歩み出る。


 「あ、ストップ! ちょい右にずれてからまた前へ!」


 「あーもうちょっと右に。そう上手い上手い♪」


  きゅっと立ち止まると、右へ。今度は斜めに向ってと恐る恐る指示に従って進んでいく。


  文字通り手探りで進む望だったが、あまり手を振り回すとその手が障害物に当たってしまうかも。
 そう思い直し両手を下げ腰の辺りにやや浮かせた状態に。


  まるでヒゲダンスの如く体ごと、僅かに突き出された両手で望は闇の中を掻き分けていった。


 「望ちゃん、あんまり右ばっかりに避けていくと、今度は壁にぶつかっちゃうから」


  そういえばそうだった。


  それを聞いた望は慌てて考え無しにトタタタッと数歩後退ってしまうが、体は運良く障害物には
 当たらなかった。


 「望、こっちこっちー♪」


 「陣内、こっちじゃ分からん。望ちゃん、少し、右斜めに向いた方向が前だから」


 「え、ええ〜とぉ……」


 「あ、そのままそのまま」


  少しずつ前に進むに連れ、アイマスクの下で段々と望は楽しく、誇らしげになってきていた。


  ここまでまだ一度も障害物には触れていない。運動神経は決していいほうとは言えず、むしろ下
 から数えた方が早い自分が、である。


 「いいぞー望ー!」


 「ええでー、こんなに上手いん初めて見たわー」


  そんな自分が今、周りから賞賛の声を浴びているのだ。


  もしかしたら何か自分には特別な才能があるのではないか。そう思いさえする快調さに、次第に
 足取りも軽く、動きも大胆になってくる。


  それでも、望の体が障害物に当たる事はなかった。


 「あっ」


 「ハイ到着ー。頑張ったね望ちゃん」


 「は、こ、耕介さん……」


 「凄いね、一度もぶつからずにゴールしたよ」


 「は、はいっ!」


  と、望は突然両肩を抱きすくめられる。無事ゴールまで到着したのだ。


  望の胸にやったという達成感と安堵の気持ちが湧き出す。同時に耕介からお褒めの言葉を貰い、
 口元には自然と笑みがこぼれだしていた。


  この後他の誰がやっても、あの美緒でさえ、これほど上手くは渡れないのではないか。まだ胸が
 ドキドキしている。


  そう長くはないリビングの端から端までを、望は右へ左へ、たっぷり十分ほどかけて渡りきった
 のだった。


 「さ、目隠しを取って……自分が通ってきた道を見てごらん」


 「はい!」


  望はワクワクしながら自らの手でアイマスクを取り去った。


  自分は一体どのように躱して来たのか。思ったより障害物の数が少なかったとか、間が広かった
 りしたりして。どう通ったか教えてもらえるかな。もし他の人にコツとか聞かれたらどう答えたら
 いいものか。


  様々な思いに胸躍らせながら、望はゆっくりと後を振り返った。


 「……えっ」


  我が目を疑った。


 「え? え? え?」


  そこには、ただ何もないがらんとしたリビングがあるだけ。並べられていると思っていた椅子な
 どは全て部屋の隅へと追いやられている。


  え? ななんで?


  何にも……無い?


  ひょっとして私が通った後の物は、その都度片付けられていたのだろうか。


  望は状況が理解出来ず頭の中がグルグルと、目隠しをしていた時よりも真っ暗な闇に迷い込んで
 しまったかのような気分になっていた。


  そんな混乱の極みに居る望の肩を、ポンと叩く者が居た。


 「望、此度の働き、まっこと大儀であった〜♪」


  その美緒の言葉で察しの好い望はハッ、と全てを悟った。


  騙されたのだ。


  最初から、障害物などは存在しなかったのだ。皆誘導する振りをして、一人踊る自分の姿を見て
 笑っていたのだ。


  望はカァ〜ッと頭に血が上り、これ以上ないぐらいにその顔が真っ赤に染まっていく。


  恥ずかしい。恥ずかしい。身悶えがするほど恥ずかしい。


  間抜けな自分の姿だけでなく、あの時の、あの誇らしげな気持ちすら見透かされているような気
 がしてしまって。逃げ出してしまいたくなる。


  ふと小さく顔を上げると、そこには笑顔のままの美緒と耕介の顔があった。恐らく周りでは同じ
 ように他の寮生達も笑って自分を見つめている事だろう。


 「……ひっ」


  涙目で望はカラカラに渇いた喉から精一杯、かすれた声を絞り出してこう言った。


 「ひ、ひどいです皆さぁ〜ん」


  ドッ、とリビングが笑い声に包まれた。






                                       了









  後書き:私も小学生の頃にやられましたー。
      騙される人が知らない事が条件なんで、一回こっきりしか使え無いネタですね。
      小さなお子さんと遊ぶ機会がありましたらお試しあれ〜





  05/12/24――UP.

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