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  〜お袋の味〜
  (Main:知佳 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






  その日、知佳と耕介の二人はスーパーに買い物へとやって来ていた。


  殆どの食材は八百屋や肉屋など商店街の専門店で購入していたが、その他足りない物を買い足す
 にはスーパーは都合がよく、こうして足を運ぶ事も珍しい事ではなかった。


 「えーと、これで買い忘れは無いかな」


 「多分、大丈夫だと思うけど」


  また歩き回って探すと言うのも店主と話し合って買い求めるのとは別の楽しさがあって。二人は
 カートを押しながらメモ片手に店内を練り歩いていた。


 「あ、マンゴーだ。美味しそ〜♪」


 「おいおい」


  目移りしてつい余分な物まで購入しそうになってしまう危険性もあったが、それもまた買い物の
 醍醐味である。


 「……ねえお兄ちゃん」


 「んー?」


 「こういうのってさ」


  そう言って知佳が指差した先にあったのは、特売で通路の端に積まれた麻婆茄子の素等だった。
 材料を炒めて混ぜるだけという半インスタントとでも言うべき商品である。


 「麻婆茄子の素とか、青椒肉絲の素とかああいうのってどうなんだろうね?」


 「んー」


  どうなんだろう、という言葉に味や出来以外の物が含まれている事を感じ取った耕介だったが、
 何故か生返事を返すばかり。


  知佳も流されちゃったのかな、と思いそれ以上聞こうとはしなかった。


 「……ちか、ちーか」


 「え? あ、はハイ」


  しかし少し経って突然耕介が知佳を呼び止めた。驚いて振り返ると耕介は痒くもないアゴを弄り
 ながらこう言った。


 「知佳は俺がカレーを作る時、香料から作ってるのは知ってるよな?」


 「? うん。凄いよねお兄ちゃんは」


 「でも一般家庭だともうルーを使う方が多いんじゃないかなぁ。カレー粉を炒める家すら少ないん
 じゃ」


 「うん……あ」


  突然の事に初め知佳は兄が何を話しているのか分からなかったが、暫くしてようやく先程の質問
 について答えてくれているのだと分かる。


 「だから家それぞれって事さ。家々でその家庭の作り方、味、お袋の味ってもんがあるって事だよ」


 「お袋の、味……」


 「手を抜くのが一概に悪いって事でもないしね」


  自分のちょっとした疑問にこんなにも真剣に考えてくれた事に、嬉しくてちょっと恥ずかしくて。
 知佳の顔は僅かに赤らむ。


 「俺のお袋は家族向けの料理は手抜きまくりでさ。味噌汁なんか味噌を鍋肌になすりつけたりして、
 それが熱でカリカリになるんだよなぁ。で、洗うのは俺」


 「あはは♪」


 「米を研いでるとこなんか見ると、3合じゃなくて3杯だったりするし……それでも俺の料理より
 美味かった気がする。未だにあの味にすら届いていない気がするなぁ」


  それなりに自分の味に自信を持てるようになっていた耕介だったが、それでも記憶の中にある、
 母の味には同じ料理を作ったとしてもどこか違うように思えて。


  これがお袋の味という物なんだろうかと思ったが、単にまだまだ自分の腕が劣っているだけかも
 と一人苦笑した。


 「……わたしのお袋の味は、神奈さんの味かな」


  一方知佳に幼少の頃食べていた味の記憶など無いに等しい。物心がついてから神奈の手によって
 与えられた味覚が、知佳にとってのお袋の味だった。


 「神奈さんの料理を食べる前は、偏食って言うか、食べること自体にあんまり楽しみとか持ってな
 かったから」


 「そっか。やっぱ偉大だなぁあの人は」


 「うん♪ ある時なんかね、自分が後60年生きるとして、毎日3食食べたとしても後どれぐらい
 食事の回数があるのか計算してみろって」


 「食事の回数? えーと365掛ける3掛け60で……」


 「6万5千7百回。多いようで少ないから、つまらない物食べてたら勿体無いって。だからもっと
 もっと美味しいものを食べなさいって、色んなもの食べさせてくれたの」


 「ははっ、目に見えるようだ」


  あの人らしいと耕介が笑うと、知佳もウン、と満面の笑みで微笑んだ。その表情に耕介はちょっ
 とドキッとしてしまう。


  お袋の味も知らなかった自分の境遇を恨まなかったと言えば嘘になる。しかし今は神奈のような
 人々に出会えた事を、知佳は誇らしげにさえ思っていた。


 「……いつか、そうやってわたしもお袋の味を伝えられたらいいなぁ」


  そう独り言のように呟くと、耕介の顔をチラと盗み見た。誰との子供か、家庭か暗に言っている
 ようで知佳は頬を熱くする。しかし耕介から返ってきた答えは意外なものだった。


 「う〜んそいつは難しいんじゃないか?」


 「え? ええ?」


 「だってなあ、知佳は将来レスキューの仕事につく訳だろ?」


 「う、うん。だといいなあって」


  平然と喋り続ける耕介に分かっていないのか、それとも分かっていて否定しているのか、知佳は
 不安に駆られる。


 「だったら子育ては多分俺の仕事だな。俺の味がお袋の味って事になる」


 「あ、そ、それは、ええと……」


  だが想像のさらに斜め上、既に二人が結ばれる事を前提とした耕介の話に、知佳の心はジェット
 コースターのように悲喜の落差に振り回され、結果ただゴニョゴニョと口の中で何事か呟く事しか
 出来ない。


 「手料理も無し、顔もたまに見るばかりで亭主元気で留守がいい、ならまだしも、その内母親とし
 ても認識されなくなったりしてな」


 「そ、それは駄目〜」


 「はっはっは。精進なされよ、未来のお袋様よ」


  そうして耕介は知佳を残しさっさとレジの方へと行ってしまう。それをまだ妻にもなっていない
 未来の母が、胸と足取りをドキドキさせながら追いかけるのだった。






                                       了









  後書き:よく考えるとこの二人、スーパーで何やっとんじゃいと(笑
      祖母の料理は母以上に手抜きでしたが、母以上に美味しかった。
      母の料理は私より手抜きですが、いまだその味にたどり着けない気がします。
      この論理でいくとドンドンと代を重ねるごとに不味くなっていく筈なのですが……
      何故かそうはなっていないような。不思議不思議。





  05/10/01――UP.

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