〜椎茸と……〜
(Main:仁村姉妹 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)
「おにーいちゃん、やほー」
「お、知佳に真雪さん。お仕事の方は終わったの?」
「うす。まー一段落ってとこだ」
ふと掛けられた声に台所で作業していた耕介が振り返ると、そこには笑顔で右手を上げる知佳と、
その後に続く真雪の姿があった。
お茶でも出そうと包丁を置く耕介の側に駆け寄った知佳は、覗き込むように体を傾け。
「ねえお兄ちゃん、今日の晩ご飯ってなに?」
「シイタケの肉詰め。シイタケのシーチキン詰めも作るよ」
「わー美味しそう♪」
「げーシイタケかよ」
今日はいいシイタケが入ったんで、と言いながら耕介がちょっと端に避ける。まな板の上に置か
れた黒い物体を見て対照的な反応を見せる仁村姉妹。
「真雪さんはキノコ駄目だもんねぇ。ま、いつものようにのけて食べてくんさい」
「のけて食うのがむなしい料理もある……」
「あはっ。おねーちゃんもこれを機に、キノコ嫌いを無くすってのはどう?」
「うっさいコラ」
不機嫌な呟きと共に飛んできた拳をひらりとかわし、そのまま耕介の背後へ逃げた妹の顔を真雪
はジロリと睨みつけた。
「あたしゃキノコの中でも、シイタケが特に駄目なんだよなー」
「なんで? 美味しいのに」
「まず菌臭い。ぬるぬるもヤダ。歯触りも微妙だし全体が菌臭くなるから入ってるだけでもイヤ。
そ知らぬ顔で茶碗蒸の奥底に隠れてたりするから嫌い」
「干しシイタケとか出汁に使うのがまた美味しいんだけどなぁ」
「よ、よくそんなにすらすらシイタケの悪口が出てくるね……」
高が椎茸に対し淀みなく姉の口から紡ぎ出される罵詈雑言に、本当に嫌いなんだぁと知佳は半ば
感心しつつ苦笑する。
「もうこれはあれだな、前世で何かあったとしか思えん」
「それはそれは……または小さい頃近所にいたシイタケによく吠えられたとか、ね」
「あはは、なにそれー♪」
冗談めかし腕組みでウンウンと頷いていた真雪の話に、耕介が澄ました顔のまま乗っかった。
知佳の苦笑は笑顔に変わり、やるなとばかりに真雪もまたニヤリと笑い返す。
「幼馴染の男の子にシイタケ持って追い掛けられたとか……」
「好きだったテレビにシイタケ怪人が出てきて恐かったとか」
「夜中音楽室に飾ってあるシイタケの肖像画の目が光ったのを見たとか?」
「たまたま道端で見かけた猫の死体を裏返したら、びっしりシイタケが群がってたとかな」
「あー! やめてやめてっ!」
だんだんと話が怪しい方向へと進んできた為、知佳は思わず両耳を手で塞ぎ身悶えながら、もう
椎茸食べらんなくなっちゃう、などと叫んでいたが。
「大体シイタケってのはあれに似てるよな。アレに」
「ほえ? あれって?」
「ほり、お前の大好きなあの黒い物体……ゴッキーに、よ」
「ひっ!」
「真雪さ〜ん……シイタケに似てるって言われてるのは、むしろナメクジの方だと思いますが」
「うう、それもいや〜……」
慌てる妹の様子を見た真雪の顔が、更に意地の悪い悪戯姉御の物へと変わってくる。
知佳はもう耳を塞いだまま、それでも流れ込んでくる恐ろしげな会話に涙目で小さくふるふると
頭を振る事しか出来ない。
「そりゃ切ったヤツの事だろ。丸のままだと大きさとか表面が黒いトコとか、その中身が白いトコ
なんかも似てるじゃん」
「ああ、言われると確かに」
「キャーッ! キャーッ!」
普段なら真雪の暴走機関車を止める立場にあった耕介だが、その日は珍しく悪乗りしてくると。
「シイタケを取るようにゴッキーをこう、手にとったりして」
何気ない口調のままそう、椎茸を手に取った。
「シイタケの石づきを、取る」
「ゴッキーの石づきを、取る」
耕介が椎茸の裏側にくりくりと包丁を這わせ、石づきを取る。
「シイタケに十字の切れ目を、入れる」
「ゴッキーに十字の切れ目を、入れる」
裏返すと背側の表面に軽く包丁を入れ、綺麗な十字模様を作った。
「その切れ目から覗く白い中身」
「潰した時にはみ出すやつな。火を通すとそこからぶじゅぶじゅと泡立って……」
「う〜流石に自分で言ってて気持ち悪くなってきた」
「ぶわっはっは! あ〜想像するだけでゾクゾクしてくるよな。まてよ、こういうネタも今度漫画
で使えるかも……」
こうなるともう二人の頭の中には、手に掴んだわきゃわきゃ動き回るゴキブリの足を包丁で削ぐ、
背にくいっと切れ目を入れる、等の妄想が渦巻き。
二人揃って鳥肌の立った自分の両腕を抱きしめるようわしわし摩っていたが、真雪はふと辺りを
見回すとある事に気が付いた。
「あれ? そいや知佳のやつは?」
「とっくに逃げ出しましたよ」
了