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  〜添い寝〜
  (Main:知佳 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






  「おにーちゃん?」


  知佳が耕介の部屋を訪れた時、正確には控えめなノックの後、躊躇いがちにそっとドアを開け、
 中へ入ってベッドの横まで歩み寄った時でも、耕介からの返事はなかった。


 「……寝ちゃったんだ」


  呟きの通り知佳の視線の下、ベッドの上で耕介は眠っていた。


  時刻は午後十一時を回った辺り。普段の耕介ならば休むにはまだ早い時間のはずだ。


  どうしようかと迷ったが、知佳は結局は声を掛けられなかった。掛けてもいらえは貰えないよう
 に思われたし、何より邪魔をしては可哀想だと思ったからだ。


  短い逡巡による中途半端に上げられた行き場のない右手が、自分でもどこか可笑しい。


  それから暫くの間、知佳は何をするでもなくぼーっと耕介を見詰めたままでいた。


  耕介は大の字に横になり、いびきこそかいてはいなかったものの口は半開き。時折突かれた揚羽
 の蛹のように身動ぎしている。これほど無防備な兄の姿を見るのが珍しかったのかもしれない。


  そっと静かに、床に膝つく。


  知佳は間近に耕介の顔を覗き込みながら、そういえば今日の午前中、庭の掃除をしてドクダミを
 全て引っこ抜いたと言っていたのを思い出した。


 「ドクダミの花、白くて可愛いんだけどなぁ」


 「1輪だけならな。放って置くと庭中を埋め尽くしちゃうから……可哀想だけど今のうちに抜いて
 おかないと」


  そんな会話をしたのを覚えている。だから疲れていたのだろう。


  もうすっかり声をかける事を諦めていた知佳は、しかしそのままではいなかった。では代わりに
 何をしたかというと。


 「…………」


  ぽてっ、と耕介の隣に添い寝したのだ。


  耕介が腕を真横近くまで広げていたため、脇にそれなりに大きなスペースが出来ていた。知佳は
 そこへ滑り込んだのだった。


  当然、耕介の顔を見る事は出来ない。しかし知佳は先程までとは何か別の感情を得ていた。


  枕無しに直接寝転がっているので頭の位置は低い。つるつるした洗いざらしのシーツの肌触りが
 心地好い。


  そしてうつ伏せで、顔は横を向いてる知佳の目の前にあったのは、耕介の厚い胸板だった。


  女性の胸とはまた違った、男性の厚い胸板。触れるか触れないか、熱気が伝わってくるほど顔を
 近付けると、高く聳え立った胸板がまるで壁のように感じる。


 「ん……」


  ほうっ、と漏れる溜め息。


  頭の上にある腕とも相まって、知佳は部屋の隅っこに居るような、そんな安らぎを感じていた。


  部屋の隅、押入れの中といった狭い空間には、閉塞感と不思議な安心感を感じる。それに加えて
 今、自分は一人ではない。


  母鳥の羽毛に頭を突っ込んだヒヨコは、こんな気持ちでいるのだろうか。ふと知佳はそんな事を
 思ったりもした。


  昔愛に誘われ、鶏の脇に手を入れさせて貰った事がある。そこは酷く温かくて、子供が潜り込む
 のも無理はないと思ったものだ。


  また人が狭い場所を好むのは、体内回帰願望だと聞いた事がある。


  今自分が得ているのは母への体内回帰なのか。それとも父に守られているという充足感か。


  そんな事を脈絡無く、ぼんやりと考えていた知佳はある時フッと無意識に、目の前の肉の壁に手
 を伸ばしていた。


  かたい。やわらかい。あたたかい。さらさら。さわさわ。


  初めはそっと触れるだけ。その内に知佳の白く細い手が黒いシャツの上を自由に這い回り始めた。


  指先が胸板から脇へ、肋骨のデコボコを弾き、腹のラインに沿って流れる。


  特に目的があったわけではない。起こそうとした訳でも、また起こさないようにしようといった
 気遣いも忘れて、知佳はただただ耕介の体を撫で回す。


 「むむ……」


  時折くすぐったそうに身動ぎするが、耕介に大きな反応はない。それでも知佳は楽しかった。


  ぷにぷに。すりすり。あったかい。くるくるー。ぽてぽて。


  手触りか、温かさか、それとも相手が大好きな兄であるからか。自分でも理由は分からなかった
 が、この行為がただひたすらに楽しかった。


 「えへ、フフフ……」


  楽しくて、嬉しくて。知佳は何度も何度も手の平を滑らせる。


 「……きゃっ!」


  そうして知佳がすっかり我を忘れて、尚も撫で回し続けていたその時。不意に彼女の肩を掴んだ
 者がいた。


  状況からして、それが耕介の手以外にはありえない。それは分かっていたはずなのに、それでも
 知佳は驚いて小さく悲鳴をあげてしまった。


 「む〜……ちかー?」


 「あ、おにーちゃん、ゴメンね」


 「あー、ごめん。今日は俺もう限界で……」


  投げ出してあった腕を曲げ、軽く知佳の肩をさすりながら耕介がダルそうな声を絞り出す。


  それを聞いた知佳は、先程まで熱心に動かしていた手を止め、今度はゆっくりとあやすように、
 時折ぽんぽんと軽く叩いたりして耕介にこう言った。


 「うん、いいよー」


 「んー……」


  何が好いのか悪いのか、お互いよく分かっていなかったが、それで耕介も知佳も再び落ち着きを
 取り戻していく。


 「…………」


 「……スー」


  それから二人の吐息が揃って寝息となるまで、さして時間はかからなかった。






                                       了









  後書き:いちゃいちゃするでもなく、ただ添い寝するのも楽しい。
      でも内容無さ過ぎるねこりゃ。





  06/07/27――UP.

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