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  〜すみません〜
  (Main:薫 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)




  その夜、さざなみ寮の一室からは、くぐもった男女の嬌声が密かに漏れ出していた。


 「あ……ん」


  暗闇の中白く浮かび上がる裸体が、まるで二匹の蛇のように絡み合う。擦れ合う肌の間からじわ
 りと練り出された体液が、洗いたてのシーツを湿らせていく。


 「薫……」


 「あ、は……こうすけ、さん」


  睦み合う二人の正体は薫と耕介だった。


  若い二人は愛情と情欲に任せ、尚も互いを激しく求め合う。


 「んふぅ! あ、はぁ、はぁ……」


  と、少し辛そうだなと耕介は思った。


  互いに密着した状態でも耕介の指は薫の敏感な場所を的確に捉え、そのたびに彼女の体は自分の
 意思とは無関係にビクッ、ビクッと跳ね上がる。


  がその時間が少々長すぎたのかもしれない。薫は快感の余り息が切れている。


 「あっ……」


  耕介は一旦体を離すと、その太い二本の腕でギュッと薫の体を抱きしめた。


  自分の胸に薫の頭を埋めるように、ぎゅーっと長く、強く抱いてやる。こうすると薫が安心し、
 喜ぶのを耕介は知っていた。


  暫しそのままで休んでから、行為を終わりまで持っていくつもりだった。だが。


 「…………」


  再び耕介が薫の乳房に手を這わせても、反応が無かった。僅かに身動ぎしているのは分かるが、
 先程まであったはずの返事が無い。


 「ありゃ?」


  おかしいなと思い薫の顔を覗き込む。力無く開かれた唇の隙間からは、規則正しくスー、フーと
 吐息が漏れ出すのが聞こえていた。


 「薫? かおるー」


  耕介がいくら呼びかけても、彼女が答える事は無い。


 「……寝ちゃったのか」


  薫は先に夢の世界へと旅立ってしまっていた。


  顔を近付けて見る。普段見られない無防備な表情に加え、目尻にたまった涙の跡が可愛い。


  もはや規則正しく寝息を立てている薫を起こしてしまう気にもなれず、耕介は布団を引き上げ、
 互いの体の上にかけた。


 「う、うぅん」


  時折優しく髪を撫で付けてやると、薫は眠りながらもよじよじと身を寄せてくる。それがまた愛
 おしい。


  やがて耕介がゆっくりと瞼が閉じると共に、何時しかいきり立っていた自身もぐんなりと横にな
 っていた。


  襲ってくるゆるやかな睡魔。腕の中に感じる愛しい存在。たとえ欲望を吐き出す事が無くても、
 耕介はそれなりに幸せだった。






                     〜◆〜






 「すみませんでしたっ!」


  翌朝。耕介は薫に土下座せんばかりの勢いで謝られていた。


  せっかくの時間を台無しにしてしまったという罪悪感が、薫の頭を深く、深く押し下げる。


  一方耕介はちゃんと途中で寝ちゃったの覚えてるんだ、と一人妙な関心をしていた。


 「疲れてるならそう言ってくれればいいのに」


 「す、すみません……」


 「いや責めてるわけじゃなくて」


  何を言われても、薫は頭を下げ続けてしまう。


  薫もSEX自体したくなかった訳ではない。事実誘われた時、内心では嬉しかった。


  ただ疲れていたのも確かで、フッと気を抜いた隙につい意識が飛んでしまったのだ。


  触れる事、触れられる事で得られる安心感。上り詰めるとはまた違った快感に薫は酔っていたと
 言ってもよい。


  しかし自分もHしたかった、気持ちが良かったですとは流石に口には出来ず、結果薫にはすみま
 せん、という言葉しか出てこない。


  耕介に何を言われても、薫はただただ謝罪を繰り返すばかりだった。


 「ん〜……なぁ薫」


 「はい、なんです――」


  呼ばれて薫が顔を上げる。とそれまで顎を掻いていた耕介がいきなり顔を近付けたかと思うと、
 そのまま止まる事無くぶつかってきた。


 「っ?! こ、こここうすけさんっ?!」


  ふにっと乾いた、柔らかな感触が薫を襲う。唇を奪われたのだ。


  当然薫はこの突然の行為に驚き、丸くした目で耕介を見返すが、その瞳はいつになく真剣で。


 「薫」


 「は、はい」


  ひょっとして、謝りすぎて逆に怒らせてしまったのだろうのか。


  ゴクリ、喉が鳴り薫は思わず背筋が伸びる。がそんな彼女の心配を余所に、耕介はにぱっと相好
 を崩すとこう言った。


 「これから一回すみませんと言うたび、罰としてキスするから」


 「はい。……あ、は、ええええええっ?!」


  一度、思わず頷いてしまった。


  嘘でしょうと驚きと嘆願の混じった視線を向ける薫に、耕介はニコニコと微笑んだまま。


  薫が謝るのを止められない、それならばいっそ明るく茶化してしまおうという、力技ではあるが
 耕介の思いやりであった。


  その気持ちは薫にも伝わらないでもなかった。しかしそれを許可する事は到底薫には出来ない。


  接吻するのは嫌ではないが、それなりの気構えが必要だ。第一恥ずかしすぎる。


  不意のキスからとんでも宣言と、尚も混乱し続ける薫に耕介は更にこう言い放った。


 「ちなみに変更は却下ね。認めません」


 「そ、そんな」


 「だって元はといえば薫が寝ちゃうのが悪いんだしー」


 「あっ、す、スミマセン……ああっ!」


 「ハイ駄目ー」


 「やっ、うんん」


  しまった、と思った時には時既に遅し。薫は再び耕介に唇を奪われる。


  こうしてその日から薫は多い時には日に二三度、すみませんと口にする度、耕介に口付けられる
 羽目になったのだった。






                     〜◆〜






  それからしばらく経ったある日の事。


  キッチンには二人仲良く並んで夕食の準備に励む、耕介と薫の姿があった。


  ダイニングには既に何人かが席についており、仲睦まじい二人の様子を冷やかし混じりに眺めて
 いる。


  それが薫には少々気恥ずかしくも、なんだか耕介のパートナーとして皆から認められたようで、
 今はやや誇らしい気持ちでさえいた。


  薫の顔がやや赤いのは、料理の熱に当てられて、だけではなかっただろう。


 「耕介さん、そこの器を一つ、取ってくれませんか」


 「ほい」


 「あ、すみません」


  その時、何気無しに薫が口にした『すみません』の言葉。謝罪ではなくありがとうの意味として
 使われたものである。


 「ん」


  それは耕介にも分かっていた。分かっていたはずなのに。


 「はい」


  チュッ。


 「?! な、ななななな……」


 「あ」


  気が付けば耕介は半ば無意識に、条件反射の如く薫に口付けていた。


 「!」


 「おっ」


 「?!」


 「あら」


  真っ赤になって絶句する薫。自分からしておいて固まる耕介。当然、他の住人達もこれを見逃す
 はずがない。


 「こ、ここここここここれは違うっ! いや違わないけど……とにかく違うんだ!」


  先に動いたのは耕介だった。


  無意味に両手をバタバタと振り回しつつ必死に弁解するが、それがかえって住人達の唖然とした
 目を冷ややかなものに変える余裕を与えてしまう。


 「自然やったね」


 「いつもああしてるんだー」


 「あ、えーと、そういう事はあんまりこういう所ではしない方がー」


 「このパブロンの犬め」


 「それを言うならパブロフの犬ですよー」


 「近寄らないで。妊娠する」


 「えーっ! 耕介さんのそばにいると妊娠しちゃうんですかーっ?」


  口々に浴びせられる寮生達からのからかい、非難や冷やかしの言葉。


  耕介と薫は食事の間じゅうも、ずっとそれらに耐え続けねばならなかった


 「かおる〜」


 「……知りませんっ!」


  それから一週間、耕介は他の者達には冷やかされ、薫には殆ど口を利いてもらえなかった。


  最後の最後には彼は土下座をしてこう言ったという。


 「どうもすみませんでした」






                                       了









  後書き:Hの最中寝ちゃうのは結構ありがち。
      まぁそれはそれで幸せだったりもしますが。

      もうちょっと色々と肉付けすればSSに出来た作品かもしれませんね。
      最後の耕介の「すみません」をもうちょっと真面目に書いて、
      それに対し「……しょうがないですね」とか何とか言って許しつつ、
      薫の方から恥ずかしそうにキスするとか。
      まぁめんどくさかったからこれ位で好いや(爆





  06/07/27――UP.

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