〜取り返せ!〜
(Main:真雪 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)
「お」
トイレから廊下に出るなり、耕介はいきなり珍妙な声を上げた。
「お、お」
視線は上へ下へ、体は右へ左へとフラフラ廊下をさ迷い歩き、二、三歩足を進めた所で。
「お、お、おおおおお〜……とりゃ!」
不意に手を叩いた。パァンという大きな音が響き渡り、廊下全体が震えたようだった。
「わ」
耕介は開いた手の平の中を見て何故か驚き、そのままいそいそとリビングの方へ入っていった。
「一体誰かね〜」
「あたしだよ」
ダイニングの入り口の所で何気無く呟いた言葉に、中から予想外の返事が返ってきた。
耕介が顔を上げるとそこに立っていたのは、冷蔵庫を漁る真雪であった。
「いやいや、そうでなくて」
「?」
「これ」
「? うっわ」
耕介が差し出した手の中を、真雪は訝しげに覗き込んだ。思わず目を見開く。
手の平には真っ赤な鮮血が。その真ん中には黒いゴミ屑のようなものが見られる。
それは派手に叩き潰された蚊の成れの果ての姿であった。
「ア、ならやっぱりあたしだわ多分」
真雪はさっきからかゆくってと持ち上げた足の先をボリボリと掻き毟る。
「こいつらなんでわざわざ踵とか踝とか硬いトコ吸うんだろ」
「だよねぇ。そういう硬いトコ食われるとまた痒いんだコレが」
「そーそー、他にももっと食いやすい所があるじゃねえかって、なあ?」
そう言って笑い真雪がぺちんと耕介の太ももを叩く。股間近くを叩かれ思わずウッと耕介の腰が
引ける。
「じゃあせっかくだし取り戻しとく?」
「はあ? どうやってさ」
二人して暫しロールシャッハテストのようになった手の中を見詰めていたが、やがておもむろに
耕介がこう呟いた。
「……食べる、とか」
「食べるかアホッ!」
とっとと手ぇ洗って来い、と蹴り出され耕介は再び洗面所まで戻る事となるのだった。
了