「ただいま……誰も居ないのか?」
その日、帰宅した恭也を出迎えたのはシーンと静まり返った薄暗い空気だけだった。
屋内に人の気配が無い。普段誰かしらが応えてくれる事に慣れていた恭也は、不審に思い庭の方
へと回ると。
ああなんだ、そんな所に居たのか。
すぐにお目当ての人影が見つかった。近づきながら恭也は自分でも気がつかないぐらい小さく、
安堵のため息を漏らしたのだった。
〜椎茸とタオルケット〜
(Main:レン Genre:ほのぼの Written by:竹枕)
「あ、お師匠ー」
近づいて来る恭也の姿に気付くと、人影も顔をパッと上げ輝かせる。
「おかえりなさいですー♪」
「うむ、只今戻った」
縁側の端にちょこんと座り込み、地面につかない両足をプラプラさせながら恭也を出迎えたのは
レンであった。
「ところでレン、そこで何をしてるんだ?」
「はい? うちがなにか」
「……その、そんなものと一緒に」
この小さな緑色した恋人がここに居る事は日常的な光景だったが、恭也が指差したのはその隣。
そこにはなにやら黒い物体の入った浅い竹篭が置かれていた。
「ああ、シイタケは日に当たるとビタミンDが増えて美味しゅうなるんですよ」
「はあ」
「ほんで、うちは甲羅干しですー」
「そうか……」
気持ち良さそうに目を細めて、言葉通りレンがパタンと仰向けに寝転がった。
「隣、いいか?」
「ハイ♪」
全身に日差しを浴びて、時折うにゃうにゃと意味不明な言葉を呟き身動ぎしている。そんなレン
の様子に恭也も思わず目を細め、邪魔にならぬよう少し離れて腰掛けた。
「今日はまた洗濯物が多いんだな……シーツ? じゃないようだが」
「はい、全部タオルケットですわ」
庭にあった全ての物干し竿に、大きな薄いピンク色のタオルケットがかけられ風に揺れていた。
重なり合い恭也の位置からでは正確な数は分からない。
「今日行ったデパートで大安売りしてたんです。それでつい、買い込んでしもて」
「買い込んだって、一体どれぐらい買ってきたんだ」
「えーと、その、8枚ほど……」
「8枚?」
沢山あるなと思ってはいたが、実際の数を聞いて恭也も流石に驚いて目を丸くする。
「で、でもでも、めちゃ安かってんですよっ?!」
まーさ何とかとかいうカリスマ主婦が捕まったおかげで、そのブランドのタオルケットがワゴン
で安売りされていたのだとレンは言う。
「いやー犯罪者サマサマですなぁ」
「問題あるぞその発言」
よっと起き上がり、そう言って満面に笑みを浮かべるレンに恭也は苦笑する他無い。
「別にブランド名はどーでもええんですけど、まあ物は悪ないですから。夏場シーツの代わりとか
にも使えますよって」
「で、いくらだったんだ?」
「2枚入りでせんさんびゃくごじゅーえんです」
「なるほどな……」
正直その辺りの日用品の価格には詳しくない恭也だったが、それでも安いと思えるほどの値段で
あった。
「使う前に一度洗濯しとこ思て。いやー今日はいー天気でよかったですわー」
「そうだな」
「暖かくって、日向ぼっこ日よりですし……えへへ♪」
「うむ」
「……こうして、おししょーも居てくれはるし」
そう言うとレンはすすすっとお尻をずらし、擦り寄るとこつんと恭也の肩、というより二の腕辺
りに身を預ける。恭也も前を向いたままそれを受け止めた。
「おししょー、この美味しゅうなったシイタケで、今夜なに作りましょか?」
「ん? シイタケ、椎茸か……中々すぐには出てこんな」
「あんまメインになる食材ちゃいますからねー」
何気ない会話の中、時折レンが赤い顔で見上げると、恭也もまた控えめな笑顔を返してくれて。
ただそれだけで幸せなレンはにへらっと微笑み、慌ててまた俯いてしまう。
一人添水となったレンは、そんな上下運動を何度も繰り返していた。
「ふあ〜……」
「フフッ、こうしていると」
やがてレンが漏らした欠伸を切欠に、恭也は手を口にやって短く笑い。空を見上げながら。
「本当に風と日差しが気持ちがいいな。レン」
「あ……はいー」
今度は恭也の腕がゆっくりとレンの肩に回され、抱き寄せた。
「ほんま、きもちー……」
風にわずかに揺れるタオルケットを眺めつつ、レンと恭也は降り注ぐ柔らかな日差し、それより
も温かな互いの体温を確かめ合う。
「……おししょー」
「レン……」
やがて縁側に落ちる二人の影が、こよりのように一つに纏まった。
椎茸もレンも、大分美味しくなっていた……
了