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  〜夜伽〜
  (Main:真雪 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






 「たーだいまあ〜っと」


 「あら、おかえり真雪」


 「あー、いーま戻ったよん。ぶるぁ!」


  真雪が仕事から戻ったのは、もう日付が翌日へと変わろうとしていた頃だった。


 「何か軽く口に入れる? 欲しいなら作るけど」


 「やーいい、風呂入って寝る」


 「そう」


 「美味くもないコーヒーで腹いっぱいだしねー!」


 「…………」


  何か様子がおかしいな、と耕介は思った。


  酔っ払っている訳でもなさそうなのに酔ったように声が大きくなる。時折その言葉は投げやりで、
 やけになっているようにも見える。


  仕事の事で何かあったのだろか。気には掛かったが耕介は自分からはなにも言わなかった。


 「……その代わり、さ」


 「はい?」


  真雪もそれ以上、何も話さない。ただ耕介の心配そうな視線に気付いた彼女は、少しだけ考えた
 後耕介に向ってこう言った。


 「今夜、一緒に寝てくんない?」


 「え? ああまあ、いいけど」


  この少々意外な依頼に驚きつつも、耕介は首を縦に振る。


  どんな形であれ頼ってもらえるのならそれでいい。そう思う事にしたからだ。


  一方真雪はちょっと恥ずかしそうに悪いね、と一言だけ残し、そのまま風呂場へと消えていった
 のだった。


 「イヤー悪いね、なんか」


 「いえいえ、構いませんが」


  それからおよそ一時間後。耕介と真雪は申し合せ通り二人同じベッドの上に越し掛けていた。


  真雪はもう一度、自嘲気味に謝る。これも普段の彼女からは余り考えられない。


 「それで……今日はどうするの? Hする?」


 「んー、あんたがしたいのならしてもいいけど」


 「いや別にしたいって訳じゃないけど」


  耕介がそっと、真雪の肩に腕を回した。抱き寄せられるまま真雪は逆らわなかったが、したいと
 いう訳でもないようだ。


 「ただ……一緒に寝てくれたらなって」


 「俺はそれで構わないけど……」


  ギュッと力を込めると、真雪はスリスリと頭を擦り付けてくる。耕介は腕の中の恋人の体がなん
 だかやけに小さく思えた。


 「じゃあ頼むよ。あたしが寝るまで、何か喋っててね」


 「え? でもそれじゃ真雪、眠れなくないかい?」


 「ううん、逆」


  五月蝿くて眠れないんじゃ、という耕介の疑問に、真雪は頭を振ってこう答えた。


 「1人で寝てると、アレコレ色々考えちゃうから、さ」


  一人でいると、考える時間が出来る。考える時間が出来ると、何時までも色々と考えてしまう。


 「2人で、何かしら話し掛けてもらってる時の方が、眠れる時もあるもんなのさ」


 「そっか」


  でも二人ならば。一人思考の海に沈んでしまう事無く、かえって自然と眠気に誘われてしまうも
 のである。


  真雪がそれを知ったのは、実は耕介という伴侶が出来てからだという事を耕介は知らない。


 「じゃあ……静かに話すから。返事はしなくてもいいから、暫くは勝手に話すからさ」


 「うん」


  布団に体を横たえる。息が掛かって眠りの邪魔をしないように、しかし二人の体は離れる事無く。
 最近身に起こった他愛も無い出来事を、耕介はゆっくりと話し始めた。


 「今日バイクのキーを挿してさ、体起こそうとしたらハンドルが胸ポケットに引っかかって、引き
 止められちゃった。ちょっと破けちゃったよポケット」


 「うん」


 「美緒がこの間行った水族館が気に入ったらしくって、魚の図鑑なんかねだってたよ。愛さんはい
 いことだーなんて言って買ってあげてたけど」


 「うん」


 「俺はまた鉢植え買っちゃった。桔梗なんだけど、蕾の内に割られないようにしないと。俺も子供
 の頃やった覚えがあるけどね」


 「うん」


 「風呂上りに体拭いてた時、足拭こうと屈んだら柱の角で尾てい骨を強打! おしり真っ二つ! 
 危く尻尾まで生えて先祖返りする所だった」


 「フフッ……うん」


 「前に俺たちが食べてきたデパートの酸辣湯麺、ゆうひも友達と食べに行ったんだってさ。辛すぎ
 たわーってヒーヒー言ってたよ」


 「うん……」


 「ちょっと尾篭な話だけど、明日のトイレ大変だろうなー♪」


 「うん……」


  ぽつりぽつり、思い出しながら本当になんて事の無い話を喋り続けていく。とん、とん、回した
 手で時折背中を軽く叩いてやりながら。


  それでも真雪の反応が小さくなってきた頃、耕介はおもむろに真雪の顔に何度か軽く口付けこう
 言った。


 「……好きだよー、真雪」


 「……うん」


 「大丈夫。大丈夫だからさ」


 「う、ん……」


  少し詰まった声と共に、また真雪の体が縮こまったように思えた。


  耕介は強く、強く真雪を抱きしめる。


 「諦め切れぬ事があるのなら、諦め切れぬと諦める。諦め切れぬ事があるのなら、それはきっと、
 いい事だよ」


 「ん……」


  それから約束通り真雪が眠りにつくまで、耕介の寝物語は続いたのだった。






                                       了









  後書き:なーんか最近暑かったり寒かったりで、変に寝不足気味。
      時間は取ってるのに眠気は取れないのって辛いよね。





  06/07/27――UP.

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