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 「今年ももう終わりですねー」


  槙原愛が冬の乾いた空を見上げて誰にとも無くそう呟くと、隣に並んで歩いていた陽子がそれに
 答えた。


 「そうねー、ホントあっちゅー間って感じだよね」


 「はいー」


 「なんか年取るごとに一年がどんどん短くなる気がする。あーやだやだ」


 「あは、そんなよっこちゃん、まだ若いんですからー」


  自分よりも一つ年下でありながら、さも年を取ったとばかりに腰まで叩いてみせる友人、陽子に
 愛は苦笑する他無い。


  もう辺りは薄闇に包まれており。二人は大学からの帰り道、校舎から駐車場にある自分達の車に
 向かって歩いている途中だった。


 「そうだまっきー、今年のうちらの忘年会、養老の瀧でやる事になったから」


 「はい?」


  思わず目と口を丸くする愛。言っている事がよく分からないといった表情だ。


 「養老の瀧」


 「はあ」


  その顔を見てもう一度、陽子は確認するように店名を繰り返す。それに対し愛はただもう一度、
 首をかしげるのだった。








  〜養老の滝〜
  (Main:愛 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)








 「ようろうのたき、ですか?」


 「うん。何度もそう言ってるじゃん」


 「はあ……そこで、一体何を?」


 「なにって……だから、忘・年・会!」


  陽子は要領を得ない愛の様子にやや苛立ちを覚える。がふとある考えに思い至り、尋ねてみた。


 「……もしかしてまっきー、養老の瀧、知らない?」


 「え? いえ、知ってますよー」


 「だよねえ」


  私だってそれぐらいは知っていますと愛は言う。ところがこの二人がそれぞれ頭に思い浮かべて
 いる養老の滝とは、まったくの別物なのである。


  愛は確か親孝行の息子の為に酒に変わった滝だったわよね、などと本物の滝の事を考えていた。
 一方陽子は飲み屋の名前の事として話しているのだ。


  大きな誤解を孕んだまま、奇妙な会話が続けられていた。


 「お酒、飲むんですよね?」


 「そりゃそうよ」


 「じゃあ移動手段はどうしましょう。車、使えませんしー」


 「移動手段ってあーた……歩き歩き! 決まってるでしょ?!」


 「え? でもあんな所まで歩くんですか? ……ああ、駅からはそうですよね」


 「? ひょっとして帰りの事? だったらそりゃ電車かバスになるだろうけど」


  話が噛み合わず苦笑する陽子を余所に、愛はああいった所の電車は終わるのが早いのではないか、
 などと頓珍漢な心配をしていた。


 「流石に飲酒運転はまずいっしょ」


 「ええ」


 「最近取り締まり厳しくなってるしねー」


  年の瀬が迫るに従い巡回するパトカーや鼠捕りを見かける回数が増えていた二人は、顔を見合わ
 せウンウンと頷き合う。


 「あ、もしあれならまっきーはさ、ほら、あの彼氏に送り迎えしてもらったら?」


 「そ、そんな、耕介さんにあんな所まで来てもらうなんて……」


 「あんなトコまでって……いいじゃん、あたしの彼氏なんてきっと頼んでも来てくんないよー」


  愛の彼やっさしーからーとけらけら大口開けて笑う友人とは対照的に、愛は真っ赤になって俯い
 ていた。


 「今月22日に、6時からの予定だから」


 「はー」


  具体的な日時を聞いて愛はまたも考え込んでしまう。


 「6時に……もう最近はその時間には、すっかり暗くなっちゃってますよね」


 「? そうだけど」


 「そんな夜中に行くんですか?」


 「夜中って程じゃないと思うけど?」


 「う〜ん」


  行った事は無いがあんな山の中にある滝など、夜には真っ暗だろう。それともライティングまで
 されていたりするのだろうか?


  少し考えてから愛はありうるかも、有名な滝だもの。などと一人で納得してしまい。


 「それじゃ寒いかもしれませんね」


 「そうだねー上着は持って行った方がいいかも」


 「暖房器具とかはあるんでしょうか?」


 「そりゃあるでしょー。でもああいうトコ、端っこの方とか寒かったりするからさ」


 「はいー」


  なにせ滝のそばだ、飛沫で霧がかかっているかもしれないし、暖かくして行かなければ。


  相変わらず見当違いの決意の元、グッと両拳を握っている愛を見て、陽子もまた分かってくれた
 のだと思い込みホッと胸を撫で下ろす。


  そんな最後まで誤解の解けなかった二人は、何時の間にか駐車場までたどり着いていた。


 「それじゃまっきー、また明日ねー」


 「あ、はいさようならー」


  歩き去る陽子に手を振り返すと、愛は自分も愛車のミニちゃんに乗り込み家路を急いだのだった。


  今年のちょっと変わった忘年会に、胸躍らせながら。






 「ねえ耕介さん、わたしの大学の忘年会、今年は滝を見ながらやるそうですよー♪」


 「は?」


  結局愛が養老の瀧とは居酒屋の名前だと知るのは、忘年会当日になってからだった。






                                       了









  後書き:もち実話(笑
      養老の瀧、って有名ですよね? でも友人は知らなかったらしい……
      結局彼女は家族に教えられて、大爆笑されたそうです。





  05/01/05――UP.

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