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 「よいしょっと」


  両手を縁につき、掛け声と共に少女は勢いよく温かな湯から上がった。


  瑞々しい肌が水をはじき落としていく中、ふとゴン、ゴンという鈍い音が自分の背後からしてい
 るのに気が付き。


 「?」


  不思議に思って振り返ると、それが湯に浮かんだ黄色い球体が風呂釜の内側に当たっている音だ
 と分かって。なーんだと苦笑する。


  カラカラカラ……


  軽い音を立ててガラス戸が開かれる。バスタオルを手に取り粗方体を拭くと、床を濡らさぬよう
 長い髪を押えながら甘い香りの立ち込める風呂場を後にしたのだった。








  〜ゆずゆ〜
  (Main:知佳 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)








 「ふー熱々ー、あ、お兄ちゃん」


 「お、出てきたか知佳。どうだった風呂は?」


 「うん、すっごく気持ちよかったよ〜」


  お風呂から上がった知佳がパタパタと廊下を打ち鳴らすスリッパを引き連れて、先ず真っ先に向
 かったのは愛する兄の居城である台所だった。


 「もうお風呂中ゆずの香りいーっぱいで! まるでお鍋の具になった気分かな」


 「どーいう感想だ」


 「あはは♪」


  赤い顔で、ほっこりと湯気を立てている妹を見て、洗いものをしていた耕介の表情が緩む。一方
 知佳は先ほどまでつかっていた柚湯の事を思い出していた。


  蓋を開けた途端思わずあっと声を上げた。ふわっと風呂中に立ち込める甘く爽やかな匂い、湯船
 の中に目を落とすとそこには黄色いややごつごつした球体がいくつも浮かんでいる……柚だ。


  その柚を掬ってしまわないようにかけ湯をしたり、つかってからも柚を弄び体に擦り付けるなど、
 知佳は柚湯を十二分に堪能してきた所だった。


  十二月二十一日。今日は冬至であった。


 「今日は冬至だったんだね。そういえばお夕飯にカボチャがあったのも、そういう事だったんだ」


 「ああ、カボチャもゆず湯も風邪ひかないって言うからな。昨日辺りから急に寒くなってきたし」


 「あれ? 菖蒲湯も冬至だっけ?」


 「ちゃうちゃう、菖蒲湯は5月5日、子供の日だろ」


 「あそっか」


  忘れた頃に菖蒲湯もしてやるから、と耕介が言うと知佳は嬉しそうにウンと頷く。


 「蓋を開けた途端、ふわーって甘い匂いがお風呂一杯に広がって。わたし初めビックリしちゃった」


 「分かるよ。今も知佳の体からゆずの香りがするから」


 「えー、本当ー?」


 「ホント。胸がスーっとするような、あまーい香りがするもん」


 「や〜ん♪」


  顔を近づけくんかくんかと鼻を鳴らす耕介から、知佳はちょっ恥ずかしげに身をよじらせ、逃げ
 回るがその顔は笑顔のまま。


 「ねえおにーちゃん、あれってどれぐらいのゆず入ってたの?」


 「そうだなー、1袋だから正確な数は分からんが、多分20個ぐらい入ってるんじゃないかな?」


 「20個も?! すごーい……ちょっと、勿体無い気もしちゃうけど」


 「それは言わないお約束。ほい知佳」


  そだね、と知佳は小さく首をすくめると差し出されたオレンジジュースのコップを受け取る。


  洗われたばかりのそのコップはまだ表面にいくつもの水滴を付けていた。


 「テレビのニュースとかで見ると、もっと沢山入れちゃってるみたいだし」


 「ありゃ入れすぎだろ。もうお湯中まっ黄色で、船8に海が2って感じだもんなぁ」


 「だよねー」


  いつもこの時期にTVで映し出される柚湯の光景は、大抵利用者がお湯が見えないほどの大量の
 柚に囲まれているというものであり。


  あれは流石にやりすぎだろう、入りにくいし。というのが兄妹の共通した見解だった。


 「お兄ちゃんも早く入ってくるといいよ」


 「んー? そうだな、まだもうちょっとやる事があるからそれが終わったらな」


 「そっかー」


 「まだ入ってない人達も居るから、男の俺は最後でいいしな。それに……」


 「?」


  耕介はそこで意味ありげな視線を知佳に向けると、ニヤリと少し意地の悪い笑みを浮かべて。


 「ゆず湯もいいが、俺はゆずちか湯がいいかな」


 「え?」


  周りには二人以外誰も居ないのだが、耕介は手を口に当てるとやや声を潜めてこう言った。


 「湯船にゆずと知佳がぷかぷか浮かんでる、あったかーいお風呂に入りたい」


 「あ……」


  知佳は風呂から上がった時よりも更に顔を赤くして俯いてしまう。


  それが一緒にお風呂に入りたい、その前に二人っきりの時間が欲しいという耕介からの、柚湯の
 香りのように甘いお誘いだという事が分かっていたから。


 「……おにーちゃんのH」


 「はっはっは、Hで結構」


 「――んっ!」


  そう言うと耕介は屈んで、上目使いだった知佳と視線を合わせるときゅっと結んでいたその口に
 軽く自分の唇を合わせた。


 「……嫌かい? 知佳」


 「あの、え、えと……もうちょっと遅い時間になったら、ね?」


 「ああ」


  その答えに嬉しそうに微笑む耕介を見て、釣られて知佳もついにへらっと相好を崩す。


 「それまでに、ちゃんとお兄ちゃんも一度お風呂に入っておいてよー」


  そうして今夜ね、と赤ら顔のまま言い残すと知佳は逃げるようにキッチンを後にしていった。






  今夜は柚湯。






                                       了









  後書き:今年は……ってもう去年か、冬至に柚湯に入れました。幸せ♪
      以前住んでいた所はユニットだったんで、お湯を張る事自体少なかったんですよねー。

      最近時間が無くSSの執筆がサッパリ出来ないんで、SSとも言えないような、
      ある描写だけを切り取ったSSSをUPしてみる事にしました。
      当然これやると、もっとSS書く時間無くなるんですけどね(^^;
      PC死んじゃったんでまたゼロから書く必要が、っていうのもあるんですが。

      ご要望が多ければこの先もボチボチ続けていこうと思ってますんで。
      ご意見くださるとありがたいですー。





  05/01/05――UP.

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