預貯金過誤払事件とは


 預貯金過誤払とは、盗難通帳を用いて、第三者が、偽造あるいは真正印を用いて預金を払い出して しまうことを意味します。「不正請求」という言葉を用いることもあります。とりわけ、昨今の 問題性は、印影偽造が容易になり、これによる被害が多発していること、にもかかわらず銀行の対策が 遅れたこと、そして何より、銀行がほとんどその責任を取っていないこと、にあります。

1.法律の規定と従来の基準

 銀行預金は、通帳と印鑑があれば引き出し出来る、だから印鑑が盗まれなければ大丈夫、印鑑が 盗まれればどうしようもない、という認識をお持ちの方が多いと思います。 しかし、預金者が銀行に払戻請求し、銀行がこれに応ずる行為は、法律的には債務の弁済に 当たりますので、民法478条の適用があります。この法律は、 簡単に言えば、「債務者以外の第三者に支払うと原則無効であるが、無過失であれば有効となり、 債権者は債務者に対する請求権を失う」という内容です。
 そして、この解釈基準として、これまで裁判所では、「特段の事情なき限り、印影の平面照合 (横に置いて見比べる)で足り、それ以上の厳格な印影確認や身分確認は必要がない」という基準を 採用して来ました。そして、この特段の事情というのは、窓口における具体的な不審事由に限定する という傾向がありました。
 この結果、偽造印鑑であっても、似ていれば銀行は有効な払戻として取り扱うことが出来、 預金者は預金を失う、という場合が生じうることになります(他方、印鑑が盗まれても特段の事情 があれば預金払戻が無効とされることもあり得ます)。

民法第478条 …「債権ノ準占有者ニ為シタル弁済ハ弁済者ノ善意ナリシトキニ限リ効力ヲ有ス」なお、 「善意」は無過失も含むと解釈されている。


2.問題の所在

 この基準は、窓口払戻は原則として印影の同一性確認によってなされた実務を追認したもの であり、それなりの機能を果たして来ました。しかし、今日この基準と実務の存在が、盗難通帳 を用いた不正払戻(過誤払)事件の続発を招いています。

@偽造の容易化
 現在では、スキャナーを用いる手法により、印影から簡単に極めて精巧な偽造印影を作り出すことが 出来ます。これまで通帳の裏側には副印鑑と呼ばれる届出印影があり、これを元に偽造する案件が 多発しています。
 また、本人確認が次第に厳格化していますが、これまた容易に偽造できる健康保険証や運転免許証を 用いた被害も後を絶ちません。
A侵入窃盗の多発
 ピッキングという言葉を聞いた方も多いと思います。このピッキング窃盗の容易化と印影偽造の 容易化が、過誤払被害の多発の要因の一つです。というより、ピッキング侵入窃盗の主要な目的は、 通帳盗難による不正払戻請求にあるのです。平成11年秋、警視庁の侵入窃盗を司る部署は、 盗難通帳を用いた被害が多発しているため、窓口対応を強化するように要請する文書を大手都銀及び 各種金融機関協会に出しています。かような部署から銀行に対して直接に要請がなされていること 自体、窓口対応の甘さが侵入窃盗の増加を招いているという状況があったことを示していると考えて います。
BATMの普及
 他方、印影を用いて払戻請求する主要な理由である「払戻手続の簡易迅速性」は、ATMの普及 により必要性が著しく低下しています。各種金融機関が、これを理由に従前の対応と付け焼き刃的な 対策に終始したことが、被害の拡大を招いたと考えられます。

3.不十分な銀行の対策

 大手都銀は、ここ数年、毎年のように数十件の被害を出しながら、問題の構造性に留意することなく 消極的な対応に終始し、被害の多発を招いて来ました。他方、集団提訴とその後の報道により、 近時暗証番号の本格的導入に踏み切る銀行が次々と見受けられるようになりました。このこと自体、 対応が可能であったことを示しています。