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プロローグ ウールのような雲に覆われた空より舞い落ちる白い冬の妖精達。大地はうっすらと雪化粧をし、道端には氷の花がシンシンと輝いていた。 小雪舞う人通りの無い田舎道を、一台の馬車が蹄の音を響かせながら北西へ向かってゆっくり進んでいく。 「……さみぃー」 手綱を握る長身短髪の若い男。茶色の分厚いコートで全身を覆い、手綱を握る手には皮の手袋をしており、体を震わせながら時折鼻をすすっていた。 「はあー……」 男の隣で、白い息をピンク色のミトンで包まれた自分の両手に吐きかける幼い少女。真っ赤なフード付きコートを纏い、白いフェザーがふわふわと咲いているフードを深く被って前を向いている。白い頬はうっすらと赤みを帯び、蒼い瞳には白い粉雪が映っていた。 二人の後方にある荷台にはすらりと四肢の長い女が横たわっており、女は艶やかな青い髪を乱しながら寝返りを繰り返し、静かに寝息を立てていた。そんな女の腕に抱かれている白くてふわふわとした毛に覆われた動物は、時折長い耳をピクッと動かしながら膨らんだりしぼんだりを繰り返していた。 女の周りには銃やら馬の餌、大きな鞄に非常食など、統一性のない物が沢山積載されており、中には何に使うのかわからない狸の置物なども積まれている。 「シェド、まだ着かないの?」 「あー……。今日中には着くと思うが、まだ二時間以上はかかるだろうな」 赤いコートの少女アリアが手綱を握る男シェドに話しかけると、シェドは歯をガチガチと鳴らしながら気怠そうに答える。答えを聞いたアリアは、再度自分の手に白い息を吐きかけて何度も両手を擦り合わせた。 「スノーレンってどんな街?」 「お、久しぶりに地理の勉強するか?」 「……うん。でも、つまらない話はイヤ」 「よしわかった。……そうだな、アルトレア大陸の北西の端にある街で、一年の大半を雪に所だ。あと、近くに多くの古代都市がある街として有名だな」 二人とも互いの顔ではなく、真正面で荷車を引く馬を見つめながら会話を続ける。 「古代都市があるなら、ジェムも沢山ある?」 「よく気づいた! 偉いぞアリア」 「……子供扱いイヤ」 ぐりぐりとフードの上から頭を撫でるシェドの手を、アリアは鬱陶しそうに払いのけて少しむくれた表情を浮かべた。シェドは白い息を吐きながらカラカラと笑い、下がり気味だったサングラスを押し上げる。 「古代都市の遺跡から沢山のジェムが採取されるから、スノーレンは高度な魔練器の発明や製造技術で世界的に有名な街だ。歴史の教科書に出てくるような有名魔練器技師もスノーレン出身の人間が多い」 「前に言ってたデジソンとか?」 「お前、本当に物覚えがいいな。俺の話なんかろくに聞いてないかと思いきや、ちゃんとこの間言ったこと覚えてるとは驚いた。……学校に行くようになればきっと、クラスで成績トップになれるぞ」 白銀の世界にシェドの笑い声が響く。褒められたアリアは、怒っているのか照れているのか判断に苦しむ微妙な面持ちでシェドの横顔を横目で見つめ、その後白い息を両手に吐きかけて今度は両足のももと擦り合わせる。 「……私、いつか学校に行ける?」 「ん……?」 白い雪が薄紅色に染まったアリアの頬に落ち、小さな水滴となって頬を伝う。シェドは煙草でも吸っているような真っ白の息を空へ吐きかけ、俯き加減でしきりに体を温めようと小さな身を震わせているアリアを頭上より見つめた。 「……アリアは学校へ行きたいか?」 「え……? ――うん。行きたい。学校に行って、友達を作りたい」 「じゃあ行けるさ。行きたいって気持ちがあるなら、いつかきっと、行ける」 「……でも……」 「こらアリア。悪いことは考るなって言っただろ?」 シェドがこつんとアリアの頭を軽く叩く。別段痛いわけでもないが、アリアは両手を持ち上げて叩かれた箇所をフードの上からさすりながらシェドを睨むように見つめた。シェドはサングラス越しに目を細めながら、白い歯をアリアに見せている。 「悪いこと考えてブスッとしてちゃ可愛くないぞ。女の子は一にも二にも笑顔だ。さあほら、笑えっ!」 手綱を手放し、シェドは両手を持ち上げているアリアの両脇へ自分の手を滑り込ませ、わらわらとアリアの脇腹をくすぐり始める。アリアは眉をルの字みたく歪めて、ヒクヒクと口元を動かしながら体をねじってシェドの攻撃から抜け出そうと努めた。 「ほら、ほらっ! これでどうだっ!」 「……あ……う、……あぅ……。――っ!」 「痛ぇっ!」 調子に乗ってくすぐり続けていたシェドの頬をピンク色の手袋に包まれたアリアの平手が打つ。バチンという高い音ではなく、ボスッという鈍い音が響いて、シェドのサングラスが傾いた。 「はあ……。ふう……」 アリアは呼吸を乱しながら両手で包むように自分の体を抱きしめ、頬を真っ赤にしながらシェドを睨みつける。シェドは殴られた頬をさすりながら、「感じやすい体だな」と、無垢なアリアにはわからないようなセクハラ発言をした。 「……からかうのイヤ」 「あはは、悪い悪い。ちょっと調子に乗りすぎた」 ずれたサングラスを直し、シェドは手綱を握って馬を道の中央へ戻す。 しばらく道なりに進んだ時、アリアがこてんと体を倒してシェドの体へもたれ掛かった。首をもたげ、シェドの脇腹あたりに頭のてっぺんを当てて瞳を閉じる。そして、 「……ありがとう、シェド」 シェドの耳に辛うじて届く程度に小さく小さくつぶやいた。 「ん……。スノーレンに着いたら起こしてやるから、それまでゆっくり寝てろ」 「うん」 シェドは羽織っていたコートをバサッと開き、それで自分とアリアを包むと、白い妖精達が舞い降りる世界へ静かに馬車を進めていった。 |
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