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プロローグ

 背の高い木々に囲まれた小高い丘。近隣の街から少し離れた辺鄙な場所にある丘の中心に木造平屋建ての古くさい家が一軒、その隣に五メートル四方の小屋が一軒建っていた。
 小屋の前には小さな池があり、晩冬のこの時期には水草の葉も色褪せているためどことなく寂しさを漂わせている。
 そんな池の畔には、桃色のショートボブに薔薇の形をした髪飾りを留める、十歳くらいの少女の姿があり、その隣には桃色の髪の少女より若干年上に見える銀髪の少女が、琥珀色の瞳を細めて池の水面を見つめていた。
 二人の幼い少女の後方には、寒空よりも澄んだ青に染まった髪を紐でまとめている妙齢の女と、二十歳くらいの長身痩躯で輝く金髪の男が立っている。二人とも穏やかな表情で池の畔に腰掛ける少女達へ視線を送っていた。
「……増えたのは元ニーヴルの女一人だってミレーヌから聞いていたんだが、随分と大所帯になってるじゃねぇか」
 小屋の中で窓に寄り添いながら外の人間を見つめる中年の大男。顎髭を伸ばし、シャツの袖口からは太くてたくましい腕が伸びている。スキンヘッドに魔眼レンズの片眼鏡をつけ、所々穴の開いたオーバーオールの作業着を身につけている男の脇には、丸レンズのサングラスをかけた細身の男が立っていた。
「まあ……、色々あってな」
 紺色の上下で身を包み、茶髪を気怠げに掻くサングラスの男、シェドは、レンズ越しに黒い瞳を細めながら窓の外の面々を見つめた。
「色々ねぇ……。確かに、あの子にとっては悲しすぎる運命と言うべき話だな」
「……ああ」
 シェドは目を細めて池の畔に腰掛ける桃色の髪の少女、アリアと、銀髪の少女、シールディアを見つめて小さく息を吐いた。まるでシェドのため息に呼応するかのようにアリアがシェドを振り返り、浮かない顔をしているシェドを遠目に見つめて首を傾げた。
「あの子の隣に居る少女、あの子がドラゴンの少女か……」
「そうだ。……天使を倒すために創られた存在らしいな」
「人間を護るため、それが通じて天使を倒すことに結びつくのだろう」
 髭男の視線の先でシールディアは水面に映った自分を見つめながら髪を梳かすアリアの様を物珍しそうに覗っていた。別段アリアと会話を交わしている様子はなく、終始無言で微動だにする気配がない。
「そして、ニーヴルの計画を知ってそれを阻止せんとする集団の男」
 シールディアへ向いていた視線をその後方で青い髪の女と共に見守る金髪の男へ切り替え、髭男は険しい顔つきで男女を見つめた。
 金髪の男、シルヴァランスと、蒼髪の女、セシリーは、後方からの視線などまったく感じていない様子で、シェド達に背を向けたままアリアとシールディアを瞳に映している。
「正直、俺にはニーヴルが世界を破滅しようなんて考えてるとは未だに信じられない」
「……うむ。世界を陰から支配している組織が自分たちの都合のいい世界を破壊しようとするとは考えがたい。何か別の理由があるのかもしれん」
「だが奴らの真意が何にしろ、奴らは天使を必要とし、天使はシールやシルヴァランスに言わせりゃ世界を滅ぼす存在だ」
「あの子にはその事を話してないんだろ?」
「……赤の他人が死ぬことすら過剰に恐れるあいつに、自分の存在が世界を滅ぼすかもしれないだなんて酷すぎる」
 今度は大きく肩を上下させてため息をつくシェド。その時、不意に小屋の扉が開いて十代半ばくらいの少女がカラカラとした陽気な笑顔で登場した。黒髪のショートにパッチリとした瞳が印象的な少女は、左右の瞳の色が緑と赤で異なっており、魔眼レンズを装備していると見た目ですぐにわかる。
「あれ? なーんか空気重いんじゃない?」
「……気にするな。ミレーヌ、ジェムは手に入ったのか?」
 黒髪の少女、ミレーヌに、シェドは憮然とした面持ちで尋ねる。ミレーヌは親指を立てて向日葵のような笑顔を浮かべると、腰に付けた黄色いポーチから大粒のジェムを十粒ほど取り出してシェドに手渡した。
 様々な属性の魔力が籠もっている大粒ジェムを受け取ったシェドは、満足そうに種類を確認した後、上着の内ポケットにそれらを収めた。
「それで、お父さんと話して何かわかった?」
「いや、アリアの胸に埋め込まれた聖石を取り除く手段については何とも……」
 シェドが軽く首を左右に振ったのを見てミレーヌは、「そう……」としぼんだようにうなだれてから目を側めて髭男を見つめた。
「ねえ、お父さん。ホントに天使は世界を滅ぼす存在なの? ドラゴンも天使も、人間を護るために創られた存在だって前に言ってたじゃない」
「……ああ、少なくとも俺が調べた限りではそうなっている。だがミレーヌ、お前もラーミアの遺跡で見たんだろ? 敵勢に描かれた鳥の顔をした有翼のヒトを」
「それは……、そうだけど」
 髭男の言葉にミレーヌは二の句が継げない。ミレーヌはハーフパンツのポケットに両手を突っ込み、口元をギュッと結んで小屋の床へ視線を落とした。
「……で、シェド。お前達は結局これからどうするんだ?」
「話したとおり、アリアの両親を捜しながら竜王と呼ばれるドラゴンを探す」
「そうか。しかしアルトレア大陸には天使に縁のある場所は多いが、ドラゴンに関するのものは少ない。別大陸のハルモニカには、あちこちにドラゴンと縁の深い遺跡が多いと聞くが……」
 髭男はそう言いながら小屋の片隅にある木製の本棚に歩み寄り、そこから数冊の古そうな本を取り出し、多くの物でごった返している机に本を置いて一冊ずつパラパラとページをめくりだした。
「別大陸へ渡るのは厄介だな。ここ十年くらい、トルメキアが侵攻してくるかもしれないとして親交や交易が絶たれているし。第一、アリアはどう見てもアルトレア大陸の人間だ。あいつの両親がハルモニカに居るとは考えにくい」
「そうだな。なら、アルトレアで一番ドラゴンに所縁のある場所といえばここだろう」
 髭男はあるページを開いたまま、シェドへ近寄り、本を開いたままシェドに手渡した。そこにはドラゴンの絵が描かれており、シェドは無言で文章を読み進める。
「中立都市、デオラガーンか」
「うむ。アルトレアでも数少ない、トルメキアから完全に独立している国。正確には国ではなく、四つの自治区からなる大きな街といった感じだが」
「……確か、ドラゴンを神と崇める神竜教を崇拝する地域だったな」
「まだ訪れたことがないのだろう? なら、あの子の両親を捜すついでに竜王の情報を集めるというのはどうだ?」
「……そうだな」
 シェドは本に書かれた文章を目で追いながら、髭男の言葉に耳を傾けていた。真剣な眼差しで本へ視線を落とすシェドをミレーヌがつまらなそうにボーッと見つめていた。
「考えてみれば、お前達の旅はすべてあの子を中心に進んでいるな」
 ふと、髭男が窓からアリアの姿を視界に捉えてぼそりとつぶやいた。シェドは無言のまま顔を持ち上げ、男に習ってアリアへ顔を向ける。
「あの子の幸せのため、両親を捜したり竜王を探したり……。お前達はみんな、あの子を大切に思い、あの子を護り、あの子の笑顔のために戦っている」
「……俺は……」
「――生きがいを探すために一緒に旅をしているだけ、か? ……何度聞いたかね、そのセリフは」
「…………」
「言葉にしないと気が済まないようだな。まるで自分自身に言い訳しているようだ」
 髭男の言葉に対しシェドは返す言葉が見つからず、逃げるようにアリアから視線を逸らして再び本を読み進めた。髭男は「ふん」と不敵な笑みを浮かべながら鼻を鳴らし、小屋の奥にある何かの作業場へと歩いていった。
 ミレーヌが男の後を追って二人は魔練器の製造を開始した。小屋の中に金属がぶつかり合う甲高い衝撃音が響き、時折ジェムからあふれ出た魔力が淡い光で辺りを照らす。
 窓際の壁にもたれて本を開いているシェド。しかし先ほどから一ページも進んではいなかった。


 空を流れる羊毛のような雲を目で追いかけ、アリアは口を半分開いたままゆっくりと体を倒して池の畔に仰向けに寝ころんだ。その隣でシールディアがアリアの行動一つ一つを興味深そうに見つめている。
 風に吹かれた首筋の草が揺れ、アリアがくすぐったそうに瞳を閉じて体をねじる。小さな吐息が空中に上り、シールディアが瞬きしながら首を傾げた。
「……気持ちいい」
 瞳を閉じたままアリアが小さくつぶやいた。シールディアは見様見真似でアリアの隣に横たわり、大の字になって瞳を閉じた。
 風が吹く音。草が擦れ合う音。鳥の声。空の青。
「そなたは……、自然が好きなのか?」
「うん。シールディアは?」
「好きだ。そなた達と出会う前は自然だけが私を包んでくれていた」
 瞼を持ち上げ、遠い目で流れる雲を見つめるシールディア。アリアはそっと上半身を起こしてそんなシールディアの表情を覗った。
「…………」
 何か言いたそうな顔でしばらくシールディアを見つめた後、アリアは池の水面へ視線を切り替えた。しばらく沈黙が続き、ふとシールディアが、
「……そなたの旅は、何をもって終わりと成すのだ?」
 と、見た目よりずっと大人びた声質で尋ねた。アリアは目を丸くしながらシールディアへ顔を向け、何度か瞬きを繰り返してから小さな口をゆっくりと開いた。
「私は……、お母さんとお父さんを見つけて、一緒に……」
「両親が見つかったら旅をやめ、その地に留まるのか?」
「……そう」
 表情や態度の至る所に迷いや躊躇いを感じさせるアリアの様子を見て、シールディアは目を細めて「そうか」と小さくつぶやいた。
「きっとミレーヌのお父さんが私の聖石を取り除く方法を見つけてくれる。私はそれを信じてる。だから、両親が見つかったら旅をやめて、お母さんお父さんと一緒に暮らす」
「…………」
「それで学校に行って、友達を沢山作りたい。……家族で旅行に出かけて、友達の所へヒューイを返しに行かなきゃいけない」
 アリアがそう言うと、何処かでそれを聞いていたのか、白いふわふわの毛をして長い耳を持つ動物、チロルのヒューイが背の低い草をかき分けてアリアのもとへ駆け寄り、ぴょんとアリアの膝の上に飛び乗った。アリアは口元をほころばせながら優しくヒューイの頭を撫でる。
「だから、両親が見つかったらシールディアやセシリー達とお別れ」
「……シェドとも」
「…………」
 シールディアの言葉にピクッと体を反応させたアリア。しかしそれ以上何も口に出さず、二人は池の水面に映った流れゆく雲を静かに見つめ続けた。


「アリアさんとシールディアさん、随分うち解けたようですね」
「そうね。一緒に旅を続ける仲間なんですもの。仲良くしてもらわなくちゃ」
 アリアとシールディアの後方でシルヴァランスが穏やかな表情で少女達の背中を見つめていた。その隣のセシリーも腕を組んだまま頬の筋肉を緩めている。
「スノーレンを出て最初の一週間くらいは互いに全然口をきかなかったけど、さすがに一月も経てば、ね」
「……でも、二人とも僕にはまだあまり口をきいてくれないんですけど」
「そりゃああなたは実際アリアを殺そうとした人間なのよ? そう易々と心を許してくれるわけないでしょう。……私だって、まだ完全にあなたを信用したわけじゃないわ」
「……はあ。そうですね、それは仕方のないことです。早く気を許してもらえるよう、この命に代えてもアリアさんをお守りしなければなりません」
 決意を胸にグッと拳を強く握るシルヴァランスを横目で見つめ、セシリーはクスッと微笑を浮かべる。しかしすぐさま真面目な表情へ移行させ、
「それで、あなたの居た集団がニーヴルから持ち出した情報にどんなのがあったか思い出した?」
 睨むようにシルヴァランスを瞳に映して尋ねた。
「……いえ、すでにお話したこと以外には何も。わかっているのは、奴らは世界を滅ぼそうとしている。それには天使と呼ばれる聖石の適合者が十二人必要。その内、アリアさんを含む十一の適合者が見つかっている」
「アリアの他に十人も、あの聖石を埋め込まれた可哀想な子がいるのよね」
「はい。適合者はいずれもアリアさんと同じ年頃の少女です。ニーヴルは彼女らを、“心無き天使達”と呼んでいます」
「そのコードネームは私も組織にいた頃に聞いたわ。……心を持たない人形ってことかしらね。……っ!」
 唇を噛みしめ、整った顔を歪めるセシリー。シルヴァランスも険しい面持ちのままアリアとシールディアの背中を見つめていた。
「おーい!」
 二人が無言で佇んでいると後方の小屋からシェドの大きな声が周囲一帯に響き渡った。
 小屋の外にいた四人が振り返ると、シェドが気怠そうに煙草を吹かしつつ小屋から外に出てきた。
「次の目的地はデオラガーンだ。出発は明朝。荷物の整理とかしとけよー」
 それだけ伝えると、シェドは白い煙を吐きながら小屋の中へ引き返していった。アリアとシールディアが立ち上がって服に付いたほこりを払い、小屋へトコトコと歩き出す。シルヴァランスとセシリーも踵を返して小屋へと引き上げていった。
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