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プロローグ 深い森の中を駆け抜ける一台の馬車。道無き道を進み、露骨に自然のままである大地を踏みつけながらガタガタと車体を揺らしている。 木々の合間から微かに差し込む太陽の光をそっと目陰を差して遮る二十代半ばの女。青々と茂った木々の向こうに広がる青空よりずっと艶やかな蒼い髪を結い上げ、黒い瞳を細めながら手綱を強く握っている。フードの付いた茶色いマントを羽織り、その下には水色のローブを身につけていた。 その隣には肩まで伸びた銀色の髪を車体の揺れに合わせて左右に振る十二、三歳くらいの少女の姿がある。黒いワンピースを身につけ、肌は透き通るほど白い。淡泊なあまり感情が色濃くない琥珀色の瞳で、先の見えない森の奥を見据えていた。 「あれから一ヶ月、ほぼ毎日森の中に居るわよねぇ。……いい加減飽きてきたわ」 蒼髪の女、セシリーが、ウンザリした表情を顔に張り付かせてため息を漏らす。銀髪の少女、シールディアは、セシリーの言葉に反応を示さずジッと静かに佇んでいた。 「ちょっとシェド。一体どーするのよ。もうそろそろ保存食も尽きるわよ? いい加減、何処かの街を目指しましょうよ」 「……そうだな。これだけ奔走すれば、ミゲルとて俺たちの足取りをそう簡単には掴めないだろう」 セシリーが乗車席から後ろの荷台に向けて声を掛けと、中から男の声がそれに応じた。 馬車の荷台には多くの物が混在している。明らかに武器として用いられる銃弾や爆発物、刀剣類などもあれば、馬の餌に人間用の保存食、山のような衣類もある。中には一体何に使うのかわからない、狸の置物なども転がっていた。 そんな狸の置物の下、ちょうど睾丸の下あたりに顔を置いて横たわっている二十歳くらいの男。ボサボサの茶髪に、黒い瞳。紺色の長袖長ズボンで身を包み、上着のポケットには丸レンズのサングラスが顔を覗かせている。 「今居るのは……、えっと、アウスフォレストの南西部辺りか……」 手に持った古そうな地図を見つめ、茶髪の男、シェドが「うーん」と唸る。その様子を桃色の髪をショートに切りそろえた十歳くらいの少女が、白い小動物を膝の上に乗せながら見つめている。垂れた長い耳を時折動かす、白い毛に覆われた生物、チロルの背中を撫でながら、桃色の髪の少女、アリアは、コバルトブルーの双眸を眠そうに開いていた。耳元の髪を鈴の付いたリボンで結い、薔薇を模した髪飾りを付けるアリア。レースやフリルのついた豪奢なドレスを身につけ、足には朱い靴を履いている。 「ここからでしたら、東に森を抜け、平野を越えた先にあるランバーグが近いですね。ですがランバーグはトルメキアの勢力下にあると言っていい国ですから、不用意に近づくのはあまり得策ではないかも知れません」 地図と睨めっこしながら考え込むシェドに、輝くような金髪に燃えるような赤い瞳を携えた男が話しかける。純白のローブに黒いマントを付けた長身痩躯の男、シルヴァランスは、そのひ弱そうで女性みたいな顔をシェドへ向けていた。歳はシェドとあまり変わらないが、物腰の柔らかさが年齢以上の雰囲気を醸し出している。 「そうねぇ……。でもこのまま大陸西部を探し続けてアリアの両親が見つからないのなら、いずれはトルメキアの支配が強い大陸東部にも捜索の手を広げないとねぇ……」 「ああ……。それは俺も考えている……」 シェドがよっと上半身を起こすと、不安そうな顔でシェドを見つめるアリアと目が合った。 「こら。またブスッとした顔しやがって」 「…………」 「悩んだところでなるよーにしかならねぇさ。取りあえず食料だけはどうにかしないといかんからな、ランバーグを目指すとするか」 「そうですか……。なら、僕が手綱を握ります」 シルヴァランスが立ち上がり、乗車席に移動しようとした時だった。 『ヒヒ―――ンッ!』 「え……?」 突如、車を引く二頭の馬車馬が大きく嘶いた。それに続いて―― 「ど、どあああああああっ!」 馬車全体に大きな揺れが走る。いや、一行を襲うのは無重力落下。深い森の中、大地にぽっかりと開いた大穴に、馬車もろとも五人と一匹は為す術もなく落下していく。 「きゃあああっ!」 「うわあああああっ!」 悲鳴が壁に反響する。穴は下に行けば行くほど広がっていき、シェド達が重力のままに落下していくと、皆の視界に大きな池が飛び込んできた。 ザッパーンと豪快な水しぶきを上げながら馬車ごと池に落下する一行。馬が慌てて手綱が外れ、荷台に水がどっと流れ込む。 「ぷはーっ! お、おい、みんな……、大丈夫か……?」 「はふぅ……、大丈夫……」 シェドが水面に顔を出して皆の様子を窺った。どうやら全員無事で、池もさほど深さはなく、難なく岸にたどり着けた。馬も無事に岸へ到達し、シェドとシルヴァランスが外れた手綱を思いっきり引いて荷台を池から引き上げた。 「……ふう、な、何なんだよここは……」 「さあ……」 水浸しの服を絞りながら、一行は上を見上げた。天井が二十メートルほど上にあり、穴、というよりドーム状の空洞となっている場所にシェド達は居た。丁度底が抜けているお椀を逆さにしたような空間が広々と深い森の地下に広がっていた。 差し込む光が最下部であるシェド達の足下を照らし、中央の池がキラキラと輝きを放っている。地下だというのに森の中よりよほど明るくて視界がよい。 「……まさか森の地下にこんな場所があるなんて……。――あっ!?」 シルヴァランスが呆然と周囲を見渡している時だった。急に声を張り上げ、驚きの表情を浮かべて固まる。 地下ドームはひだ状に階層構造を成しており、各フロアにドームの壁に掘った横穴が点在していた。その横穴すべてから、沢山の双眸がシェド達を見つめていた。 「なっ……。人が……住んでいるのか?」 偶然訪れた深い森の下に存在する謎の地下集落。シェド達は呆然と、自分らを見つめる人々を見つめ返していた。 |
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