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プロローグ アルトレア大陸の中央より少し東に位置するランバーグの街。かつては大陸の半分を支配下に置いた軍事国家であったが、今からおよそ五十年ほど前にトルメキア王国との戦争に敗れ、その後国は解体されてトルメキアの支配下に置かれている。 貴族意識の高い上流階級とそれを支える貧困層の格差が大きく、一見華やかな建物が並ぶ街並みと、その裏に佇むダウンタウンという二面性を持った街。かつて支配下に置いていた地域が次々と独立していった今は、アルトレア大陸に点在する大きな街の一つという位置づけで、それほど広大な面積を持った街ではない。 そんなランバーグの街の、日当たりの悪いバックストリートを歩く一人の少女。 耳元の髪を鈴のついた赤いリボンで結い、宝石で出来た薔薇の髪飾りを付けた十歳くらいの少女が、桃色の髪を靡かせながらテンポ良く足音を刻む。肌は磁器のように白く、そんな肌をフリルやレースをふんだんにあしらったピンクのワンピースドレスが包み、赤い靴で石畳の道を進む少女は、コバルトブルーの双眸で自分の足下を注意深く見つめ、沢山の食べ物を詰め込んだ紙袋を両手でしっかり抱きかかえながら転ばないようにうまく重心を操作している。 「おう、アリア。今帰ったのか?」 ふと、少女を呼び止める男の声が裏通りに響く。少女がすっと振り返ると、長身で二十歳くらいの男が軽薄な笑みを浮かべて、街の娘と思われる若い女と話をしていた。 ぼさぼさでセットされていない茶色の髪に黒江の瞳。ハイカラーの長袖トップに丈の長いパンツ。どちらも紺色でどことなく根暗なイメージを与える服装だが、男の表情が暗い雰囲気など一切与えない。 アリアと呼ばれた少女がジッと睨むように男を見つめた。チラッと女を一瞥し、すぐにまた男に視線を切り替える。 「シェド……、その人は誰?」 「あ? ああ、えー……っと……」 静かに、でもどこかきつく迫るような口調でアリアが詰問すると、人差し指で頬をポリポリと掻きながら、シェドと呼ばれた男が口ごもった。アリアが目を細めてそんなシェドを見据え、シェドと話していた女は目をパチパチさせながらシェドとアリアを交互に見つめる。 「ナンパしてたのよね?」 「ぶっ、違う!」 ふいにアリアの後方より若い女の声がした。そこには蒼い髪を後頭部で結い上げる二十代半ばの女が、妖艶な笑みを浮かべて立っていた。 シャープな顎のラインに艶やかな唇。長い睫に切れ長の茶色い瞳。かすかに化粧を施した顔は美しく整っており、ブルーのカットソーと白のプリーツスカートから伸びる四肢はスラリと長くて細い。 両腕に金の腕輪を身につけ、両足には銀色のアンクレットを付けた女は、矯めつ眇めつシェドと話していた女を舐めるように見つめた。 「あ、あの……、私、帰りますっ!」 その視線に耐えかねたのか、女がシェドにぺこりと頭を下げて脱兎のごとくその場から去っていった。アリアが女の背中を目で追い、蒼い髪の女がフフフと笑いながらシェドを見つめる。 「おいセシリー、変なこと言ってんじゃねぇよ! ……ったく、単にあの子が着ていた服を何処で売ってるか聞いてただけなのによ」 「あらそうだったの? 可愛い女の子だったし、てっきり童女趣味の食指が動いたのかと思ったわ」 「……誰が童女趣味だって?」 ヒクヒクと眉を動かしながら睨みをきかすシェドに、セシリーと呼ばれた女は怖じ気づく様子もなくカラカラと笑った。アリアが小さく「ドウジョ趣味って何?」と首を捻っていたが、シェドとセシリーは何も答えなかった。 「シルヴァランス達は?」 「さあな、まだ帰って来てねぇよ」 アリアの問いに機嫌悪そうにシェドが答えると、セシリーが堪え笑いを零して三度シェドの不評を買っていた。 「シールも一緒なのよね? 何か、最近あの二人妙に仲良くない?」 「そうか? 別に今まで通りだと思うが……。アリアもそう思うか?」 「…………別に、変わらないと思う」 シェドが話を振ると、アリアもアリアでどこか不満そうに無愛想な顔つきで答えた。シェドが「何を怒ってるんだ?」と尋ねても、アリアは何も答えなかった。 「っと、噂をすればなんとやら、だな……」 しばらく不機嫌そうなアリアを訝しげに見つめていたシェドだったが、ふと何かに気づいた様子で、アリアの後方に視線を移しながら小さく声を漏らした。 アリアとセシリーが振り返ると、そこには長身痩躯の若い男とその隣を歩く少女の姿があった。 二十歳前後の若い男は、輝く金色の髪に燃えるような赤い瞳をしていた。凛と整った顔つきをしており、清潔な印象を与える白いローブで全身を包んでいる。そして腰には鞘に包まれた細身の剣を帯剣していた。 その傍らで男に随伴する十二、三歳くらいの少女。銀色の髪をショートに切りそろえ、黒のゴシック調ドレスから覗く肌は服の生地とは正反対にまるで雪のようにどこまでも白い。瞳は濁ったような琥珀色で、表情はどこか無機質な印象を他者に与える。 「どうしたんですか? こんなところで……」 シェド達に気づいた金髪の男が尋ねると、シェドが気怠げに男を見つめながら、 「そっちこそ、何処行ってたんだ?」 と、逆に尋ね返した。シェドの問いに男の傍らに居た銀髪の少女が口を開く。 「シルヴァランスは私に付き合ってくれだだけだ。この街はシルヴァランスの故郷と聞き、多くの本を保管する図書館なる場所へ案内して貰った。そこで本を借りる作法を教授して貰い、七冊ほど本を借りてきた」 「本? ……シールディアはどんな本を読むの?」 アリアが興味あり気に銀髪の少女に尋ねる。シールディアと呼ばれた少女が持っていた鞄から何冊か本を取り出して見せるが、タイトルの意味がよくわからないのか、アリアは首を傾げていた。 「シルヴァランス、あなたは何も借りなかったの?」 セシリーがそう尋ねると、今までセシリーへ視線を向けようとしなかった金髪の男が一瞬だけセシリーを見つめた。シルヴァランスと呼ばれた金髪の男は、しばし睨むようにセシリーへ厳しい視線を送った後、 「じゃあ僕達は先に宿へ戻ってます」 そう言い残してセシリーの脇を抜けて歩き去っていった。その後ろをシールディアが遅れずについて行く。 「なんだ、まだ喧嘩してんのか? あれからもう一週間だぜ?」 「……シルヴァランスは頑固だから」 呆れた様子で言い放つシェドに、セシリーは少しだけ表情を曇らせながら視線を石畳に落とした。そんなセシリーをアリアが静かに見つめる。 しばらくそのまま佇んでいた三人。シェドは胸ポケットから取り出したタバコに火を付け、道沿いの建物にもたれ掛かりながら白い煙を空に吐き、アリアは心配そうにセシリーを見つめていた。 「私達も宿に戻りましょうか」 シェドのタバコから灰が道に落ちた時、セシリーが努めて明るく言った。 「そうだな。……ほらアリア、俺が荷物持つからよこせ」 「あっ……。それくらい、重くない」 セシリーの提言を受けて壁から身を離したシェドが、アリアが両手で抱える紙袋をひょいっと奪い、カツカツと足音を響かせながら歩き始めた。 しばらく不満そうにシェドの背中を見つめていたアリアもしぶしぶシェドの後を追い、二人を追ってセシリーも歩を刻む。 すでに日は傾き掛け、通りの向こうからは夕日が三人を照らしていた。 |
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