| トップ 目次 次へ |
|
プロローグ この世界に存在する二つの巨大大陸。その片方、アルトレア大陸のほぼ中央に、とある著名な魔練器技師の工房がある。 魔練器とは、ジェムと呼ばれる魔力の籠もった宝石から魔力を引き出し、その力で様々な機器を動かす装置のことを指す。そしてジェムとは、古代の人々が魔力を結晶化したもので、籠められた魔力の種類の応じて属性が異なる。 今からおよそ千年前に“神狩り”と呼ばれる人間の神に対する最大の冒涜が行われて以来、人は魔力を失い、魔法を扱うことができなくなってしまった。 “神狩り”の後、世界を覆ったのが“黒い影”と呼ばれる不可視の闇。“黒い影”の影響で魔物達が凶暴化し、魔力を失った人々はその恐怖に今も打ち震えている。 だが人々も、実際は魔力を完全に失ったわけではなく、内なる魔力を外に発露することができなくなっただけであり、ジェムを起爆剤にすれば魔法を使うことができる。だがジェム使いの能力を有する者は少数で、しかも扱える属性は唯一つに限られている。 その点魔練器はどんな属性のジェムも扱うことができ、ジェム使いとしての素質が無くとも機器が自動でジェムから魔力を吸い上げてくれるため、誰にでも使用することができる。つまり、魔練器を使えば誰でも魔法の恩恵を享受することができる。 そのため魔練器技師は古くより尊敬されてきた。そんな魔練器技師達の中でも、孤高の天才と言われる男の工房は、近隣の街から離れた山奥に閑散と佇んでいた。 「……そうか。天使や竜王に関する新しい情報は得られなかったか」 「うむ。ハルモニカ大陸にはアルトレア大陸と異なり、多くのドラゴンに関する遺跡がある。そのいくつかを回ったが、未だ竜王に関する有益な情報はない」 工房の中、顎髭を生やしたスキンヘッドの中年男が、フリルやレースをふんだんにあしらった黒を基調としたゴシックドレスで身を包む幼い少女と話をしている。男は厳つい体つきにオーバーオールの作業着を身につけ、少女は肩まで伸びた銀色の髪を綺麗に切りそろえ、感情の薄い琥珀色の瞳を携えていた。 会話の節々に混じる、天使という言葉。天使とは、ドラゴンに並ぶ神の使いだと信じられてきた。だが、一部の人間はそれが間違った知識であることを知っている。天使とは、“聖石”と呼ばれるヒュージジェムを胸に埋め込まれた人間の呼称で、天使は圧倒的な力を有するドラゴンの天敵である。 竜、つまりドラゴンこそ、神がヒトを護るために創った存在。ドラゴンはヒトを護り、そして天使と戦う。 ならば天使とは一体何なのか。世界を滅ぼす存在とされているが、真実を知るものは今この場に居ない。 そしてドラゴンたちを束ね、“神狩り”の前から世界のどこかで人々を見守っている存在、それが“竜王”と呼ばれるドラゴンの長。おそらくはすべての真実を知る竜王を、銀色の髪の少女、シールディア=エガンフィスは捜し続けている。 シールディアは見た目通りの十代前半の少女ではない。シールディアは齢数百年を数える歴としたドラゴンである。かつて、ドラゴンとしての存在理由を果たすべく、天使である少女に戦いを挑み、少女を護る男に敗れたシールディアは、その後少女やその男と共に時を過ごした。そしてヒトの心を得たシールディアは、何故ドラゴンは天使を滅ぼさねばならないのか、そもそも天使とは何なのかという疑問を抱いた。だから、それを知る竜王を捜し求めている。 「シールディアちゃーん。はい、シェドのためのジェムと弾薬」 「いつもすまぬな」 ふと工房の扉が開かれ、黄色のTシャツに肩掛けベルトの付いたデニムのパンツを穿いた少女が姿を現す。黒のショートヘアに、ぱっちりとした緑色の瞳。年の頃は十代後半。にこやかな笑顔が印象的である。 黒髪の少女、ミレーヌ=コートワーグは、顎髭を生やす中年男の娘であり、孤高の天才と称される男の血を受け継ぎ、若くして卓越した技術を体得している魔練器技師である。その腕前を、シールディアは何度も目の当たりにしてきた。 「シェドはどう? あれから一度も姿見てないけど、ちゃんと元気にやってる?」 「健康面に関しては問題ない。外見も、一年前とまったく変わっていないと私は思う」 ミレーヌの口から零れた名前、シェド=ガンブレイブ。その男こそ、シールディアを打ち負かし、天使を護った男の名前である。かつては天使を復活させ、不穏な動きを見せている暗躍組織、ニーヴルの猟犬として恐れられていた男で、当時の二つ名は“魔弾”。ニーヴルの誇る精鋭兵士、エインフェリアの中でも、最も位の高いS級と位置づけられていたという。 魔弾という二つ名はシェドの戦闘スタイルに由来し、シェドはジェムから吸い上げた魔力を弾丸に付加して銃弾を放つことが出来る。またシェドは、シールディアが知る限りこの世でただ一人の、全属性のジェムを使える特異な人間である。そのため、シェドは魔弾以外にも特殊な能力を有している。 「アリアはどうだ? セシリーやシルヴァランスは」 「みんな元気だよ。そうそう、あたしが最後にジペインの街へ行ったのは二ヶ月前なんだけど、アリアちゃんったらすっごく背も伸びてて、とーっても可愛くなってたんだよ」 楽しそうに話すミレーヌを、シールディアは幾分穏やかな表情で見つめる。懐かしい名前を口にすると、自然と心に温水のような暖かい液体が流れ込んでくるようだった。 アリア=フィルガント。本名はレイチェル=ヴァレンシア。彼女こそ、ニーヴルの進める計画の被験者として選ばれてしまった悲しい運命を背負う少女で、天使と呼称される世界の敵である。ニーヴルに所属していた頃はシェドと同じくエインフェリアとして数々の命を奪い、感情を失う直前にアリアは組織を抜け出した。 シールディアは天使であるアリアにドラゴンとして挑んだが、アリアを守るシェドに敗れた。その後シールディアはアリアと共に旅を続け、アリアが、世界の敵とされる天使とは思えぬほど純粋で無垢な心の持ち主であること知り、ドラゴンとしての自分とヒトとしての自分の想いがぶつかりあい、その葛藤で苦悩することも多かった。 熾烈な過去を歩んできたアリアだが、今はかつて離ればなれになった両親と再会を果たし、平穏な世界で暮らしている。両親との再会ですべてが終わればよかったのだが、アリアの胸には今も“聖石”が不気味に輝いている。あれがある限り、シールディアとアリアが本当の意味で仲間、友達、それに類するものになることはできないだろう。 セシリー=フィレンツィアは、シェドと同じく元エインフェリア。アリアを連れ戻すべくシェドとアリアに立ちはだかったセシリーだが、シェドに敗れた後、彼らの仲間となって共に寝食を共にしたという。シールディアと対峙したとき、セシリーは自身の身を挺してアリアをかばっていた。セシリーはかつて幼い妹を喪っており、アリアにその妹を重ねていたのかもしれないが、今では姉という立場から卒業し、一人の女として生きているはずだ。 シルヴァランス=グレイン。彼はニーヴルが裏で進める天使計画に気づき、世界を守るために結成された名も無き組織の一員だった。世界の敵である天使を滅ぼすべくアリアの前に現れたシルヴァランスだが、シェドの前に敗れ、その後はシールディアと同じようにアリアと旅をすることになった。世界を守るためとは言え、アリアのような純粋無垢の少女を切り捨てるわけにはいかない。世界もアリアも守る、それがシルヴァランスの信条だった。 旅を続ける内に親しくなったセシリーとシルヴァランスは、今では夫婦としてアリアと共にジペインという街で暮らしている。一つの旅が終わったときに訪れた変化の一つが、彼らの結婚と、アリアとシェドの別れだった。 「でもそっか、もうあれから一年も経つんだね」 「うむ、月日が経つのは早いものだ」 「……シールディアちゃんが言うと、何かすっごく壮大に聞こえるんですけど」 外見上はミレーヌの方が年上だが、中身は断然シールディアの方が年長だ。シールディアの正体を知っているが故に、ミレーヌは苦笑いしたのだろう。 一年。アリアの両親が見つかり、アリアとシェドが別れ、そしてシールディアとアリアが別れ、セシリーとシルヴァランスが婚姻してから過ぎた期間。シェドと共にジペインの街を去って以来、シールディアは一度もミレーヌ以外の仲間達と再会したことはない。 「シールディアちゃんが時折ここに来ることも、アリアちゃんやセシリー達には言ってないもんね。……みんな口には出さないけど、心配してると思うよ」 「わかっている。だが、これはシェドの意向だ。……アリアには少しでも早く自分の存在を忘れて欲しい。シェドはそう考えているらしい」 「まーったく、シェドったらホント頑固っていうか、強情っ張りよね。……アリアちゃん、ホントはシェドのこと……」 ミレーヌが俯き加減に頭をたらし、シールディアも何と返して良いのか困惑しながら視線を泳がせた。 二人が黙りこくっていると、ふと工房の奥の扉が開いて二十歳くらいの若い男が姿を現した。黄緑色の双眸に、オレンジ色のボサボサな髪。女のミレーヌより肌の白い長身の男は、シールディアに気づいてにこやかな笑みを浮かべて近寄ってきた。 「シールちゃん来てたんだ。ずっと奥の工房に籠もってたから気づかなかったな」 「スラッシュも相変わらず元気そうだな」 現れた男の名前はスラッシュ=グードリッヒ。詳しい経緯をシールディアは知らないが、ミレーヌの父の元に弟子入りしてかれこれ一年半近く修行しているらしい。ミレーヌと同世代であるが、ミレーヌ以上に魔練器技術に精通しているという。 「そうそう、今度シールちゃんに会ったら渡そうと思ってたものがあったんだ。前に竜結石の欠片をくれたでしょ? それを使った魔練器なんだけど」 スラッシュが腰に巻いたポーチから銀色の腕輪を取りだした。腕輪には幾何学的な文様が刻まれており、その中心には血のように紅い、朱色の玉が埋め込まれていた。 「これは?」 「ドラゴンの腕輪とでも言ったらいいかな? シールちゃんの血から作った竜結石で出来ているから、シールちゃんにピッタリ合うと思うよ。それを装備しているれば、ドラゴンの姿にならずにヒトの姿をしたままでも十分に力が発揮できると思う」 「……あんたいつの間にそんなの作ったのよ。あ、あたしだってシールディアちゃんに竜結石貰ってから、あれこれと試行錯誤してるのに……」 ミレーヌが不服そうにスラッシュを睨め付け、スラッシュは飄々とした表情でそれを流していた。シールディアがスラッシュから受け取った腕輪を巻き付けてみると、確かに今までヒトの姿で居るときには抑制されていた魔力が幾分溢れてくるような感覚を覚える。 「礼を言う。ありがとう、スラッシュ」 「いやいやー、可愛いシールちゃんのためだもの。……はあ、それにしてもシールちゃんは可愛いなぁ」 スラッシュがちょこんと膝を折ってしゃがみ込み、シールディアの顔をのぞき込むように見つめてくる。その横で、ミレーヌが何やら怖い顔をして打ち震えていた。 「スラッシュ……、あんたまさか、シールディアちゃんにまで手を出すつもり?」 「へ? ……ぷっ、あれあれ、もしかしてミレーヌちゃん妬いてるぅ?」 「んなっ!?」 「大丈夫だよ。俺がシールちゃんを可愛いと思うのは、恋愛対象とかじゃないから」 ひょいっと立ち上がったスラッシュが振り返ってミレーヌを見つめ、美男子を絵に描いたような笑顔を浮かべた。シールディアには決して真似できない、完璧な笑顔だ。 「将来俺とミレーヌちゃんが結婚した時、シールちゃんみたいに可愛い娘が欲しいなぁーって、そう思ってるだけだよー」 「ぶっ! ば、馬鹿なこと言わないで! だ、だ、誰があんたなんかと結婚するのよ!」 スラッシュの言葉にミレーヌが舌を噛みながらあたふたする。シールディアは二人のやりとりを外から見つめ、ほっとするような、安堵に満ちた気持ちでいっぱいになった。 あれから一年。変わったことも沢山ある。けれど、変わらないことだってある。ずっと続くことはないかもしれないが、それでも過去の一部が今に残っているのを見ると、とても安心した気持ちになれる。 アリアはどうなったのだろうか。本当の両親に会え、やっと平穏な生活を手に入れたアリアは、一年経った今どうなっているのだろうか。 今はまだ、シールディアとアリアの道は交わらない。だがいつかきっと、再び旅の途中で交差することもあるだろう。その時がいつなのか、そしてその時、アリアとシールディアの関係はどうなっているか。不安と共に希望もある。 いつか来るその時のため、シールディアは自分の旅を続けていく。そして、きっとアリアも自分の旅を続けているだろう。 |
| トップ 目次 次へ |