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プロローグ

 天使は世界の敵。天使が十二体揃った時、世界は崩壊する。
 この世界にある二つの大陸の一方、アルトレア大陸のほぼ全土を支配下におくトルメキア王国を影ながら支えてきた黒組織――ニーヴル。数年前、ニーヴルが“天使”と呼ばれる存在を集めて世界を滅ぼそうとしていることを知った一人の人間によって、世界を護るためのとあるグループが組織された。
 その組織に名前はない。組織には上下関係もなく、皆が同志という対等な立場で世界の平和を守るために奔走している。
 例え皆が対等であっても組織である以上、指揮系統を整えるためには頭が必要である。ガネットはそんな同志達を束ねる“セイクリッド・スピア”と呼ばれる三人の一人であり、この組織を作った者の片腕となって戦ってきた。
 二つの人格が一つの体に宿っているガネットは、身体的にも不整合な部分があった。
 ふわふわにカールさせたスカーレットヘアで少しでも大人っぽく見せようとしても、ぱっちりとした鬱金色の瞳やまん丸ほっぺのせいで童顔が隠しきれない。
 身長も十代前半の少女と変わらない。これも、子供っぽいというイメージを他者に与えてしまう。
 だがその裏、胸だけは成人女性の平均を大きく上回っていた。あまりに不釣り合いなので、初対面の人間は必ず、子供が背伸びして詰め物をしているのだと生暖かい視線を向けてくる。紛れもない無添加の百パーセント天然物だというのに。
 体のアンバランスと対応するように、ガネットの中にある二つの人格は、Aと呼ばれる淑女のような品のある大人と、Cと呼ばれる姦しい少女で構成されている。
 またガネットは、魔法が使えなくなった現代人が魔法を使うために必要な、かつて当たり前のように魔法を使っていた古代人の魔力が籠もった“ジェム”を扱うことができる。
 ジェムには全部で七種の属性があり、属性毎に数種類のジェムがある。
 一般的に、ジェムを使える人数は全人口の数パーセントであり、また使える人間も、普通は一種類のジェムしか扱うことができない。
 だがガネットは、そんな一般的なジェム使いと少し異なっていた。表にAの人格が現れているときには炎の魔力を宿したフレアジェムを扱うことができ、表にCの人格が現れているときには氷の魔力を宿したアイスジェムを扱うことができる。
 体の傷を癒すヒールジェムなどと違い、攻撃魔法を得意とするフレアジェムやアイスジェムを使えるガネットは、同志達の中でもトップクラスの戦闘力を有している。
 戦う力があるからこそ、ガネットは世界を護る組織に加わった。
 すべては世界を護るため。もちろんそこには、自分の幸せを護るということも含まれている。
 ニーヴルは一年半ほど前にすべての天使――この場合、天使の器となりえる、“聖石”という天使の力が封じられたヒュージジェムに適応できる人間を天使と呼ぶ――をすべて見つけ出した。
 だがその時、十二天使の一つ、“獅子”の聖石を埋め込まれた少女がニーヴルを抜け出して逃走を続けており、コードネーム“無垢なる獅子”の不在によりニーヴルは世界を崩壊させるに至らなかった。
 だが今、ついにニーヴルは逃げ回っていた少女を捕らえ、すべての天使を揃えた。それが何を意味するか、人間達を護るために創られたドラゴンという種族の王――“竜王”の話を聞いたガネットにはわかる。
 もう一つの神の復活。かつて人間をすべて滅ぼそうとした、ガネット達、女という種族を創った神を、十二天使と神の玉座――“フリズスキャルヴ”を集めたニーヴルが復活させようとしている。
 かつて男という種族を創り、魔物や天使から人々を護るためにドラゴンを創った神。その神により封印されたもう一つの神が復活すれば、世界は崩壊する。竜王は、ハッキリとそう言っていた。
「……“無垢なる獅子”がニーヴルの手に落ちて、もう一週間になる。まだ世界は崩壊しちゃいないが、予断を許す状況じゃねぇな」
 ガネットの前を走る馬にまたがった男が、緊張感を滲ませながらそう言った。
 茶色いロングヘアをゴムで纏めた長身の男。別の馬で男の後を追従するガネットを振り返り、その鶯色の瞳で、ガネット同様に男の馬を追う他の同志達をグルリと見渡しながら、最後に平行して馬を走らせる別の男へ視線を向けた。
「ええ。すべてが手遅れになる前に、何としても天使を倒さねばなりません」
 視線を浴びた、サラサラとしたシアン色の髪に群青色の瞳を携えた男が答える。
 ガネット達はニーヴルの野望を打ち砕くべく、ニーヴルの本拠地があるアルトレア大陸北東部を目指していた。そこには表上、ジェムから魔力を吸い出して動力とする様々な機器――魔練器を作っているという工場がある。それこそ、奴らの基地だ。
 先行する馬にまたがっている茶髪の男はアイザック。ガネットと同じセイクリッド・スピアの一人で、組織を立ち上げた男――ガルバトロス=サーベルの居ない今、リーダー代理と言って差し支えない存在である。
 そしてアイザックと平行して馬を走らせているシアン色の髪の男はナイ。Cが懇意にしている相手であり、同じくセイクリッド・スピアの一人だ。
 セイクリッド・スピアの三人に加え、今ニーヴルの野望を打ち砕くために同行しているのは六名の同志達。無垢なる獅子が敵の手中に落ちた後、一度セカンドベースと呼ばれるガネット達の基地へ戻った後合流した仲間達。
 ガネットが崩壊したメインベースで合流してセカンドベースへ共に移動した五人の同志と、セカンドベース常駐だったパーラという少女だ。
「パーラ、大丈夫? あんたは実戦初めてなんでしょ?」
「は、はい。で、ですが、私はヴィクトリアちゃんのようにヒールジェムが使えるわけでもなく、みなさんと同じように戦う術を持っています。その力を世界を護るために活かしたい。その思いを胸に同志となったので、その……」
「今こそ、その力を活かすときだ、と?」
「はい。そ、そう思ってます」
 ガネットは、肩肘を張って緊張しきった表情を浮かべるパーラと平行して馬を走らせる。
 パーラはガネットよりも四、五歳くらい年下で、同志の一人であるヴィクトリアという少女と同い年くらいだろう。フォレストグリーンのショートカットに大きな蜜柑色の瞳を携えるパーラは、まだまだあどけなさの残る少女そのものだ。
「無理はするな」
「あ、ナイ様……。は、はい。ありがとうございます」
 気づけばナイがガネット達と平行するように馬を走らせていた。いつ見ても凛々しいその顔と、あまり顕著な感情を感じさせないクールな眼差しにいつだってCはメロメロだ。
 恐怖を必死に押し殺そうとしているのが手に取るように分かるパーラに優しい言葉を掛けるナイを見つめながら、ガネットは内心面白くないなぁと感じていた。
 好きな相手が他の女を気遣うのが面白くない。つまりはそういうこと。
 そんな不満げなガネットの視線に気づいたのか、ナイが別段表情を変えずにより馬を近寄らせ、片手を手綱から離してガネットの髪を結う大きなリボンに触れた。
「ガネットも、あまり無茶はするなよ」
「えへへ。うんっ」
 ほんの少しだけ柔らかな表情を浮かべるナイに、ガネットは一番晴れやかな笑みを見せる。
 こういうとき、自分は大切にされていると実感できる。ナイは、決してAにあんな表情を見せない。優しく、甘えさせてくれるのはCだけ。まあ、Aは別の男に首っ丈だからナイに甘えようなんて思ってないだろうけど。
 あまり馬を近づけすぎるのも危ないけれど、しばしこのまま、他の同志達の前でナイに甘えていたいと思っていた。ナイは自分の物なのだと、特に同志の女の子達に見せつけておきたかった。
 けれど、その時――
『ヒヒィィ――ンッ!』
「うわぁっ!」
 突然馬が嘶き、同時に凄まじい鳴動が大地に走った。
 ゴゴゴと大地が轟音を漏らしながら激しく揺れ動き、次々と同志達が落馬して揺れる大地へへたり込む。
「きゃあっ」
「な、なんだっ! くぉっ!」
 ガネットも暴れる馬を制しきれずに肩口から大地へ落ち、先頭を走っていたアイザックはまだ必死に乗馬したまま堪えている。
 激しい大地の揺れは止まない。こんなにも長い地震を、ガネットは今までに味わったことがなかった。
「――ッ! ア、アイザックさんっ!」
 ふいにナイが声を張り上げて遙か前方を指さした。アイザックが馬を落ち着かせながらナイの指さした方角を見つめ、ガネットもすかさずそちらへ視線を向ける。
 ガネットが見たもの。それは広がる平原に入った無数の亀裂と、その亀裂の中心に位置するよう佇んでいる建造物。ガネット達が目指している、敵の本拠地だ。
 その建物が何やら黒い霧のようなもので覆われている。そしてガネット達が見つめる先で、突然、建物がゆっくりと浮上をはじめた。
 鳥のように翼を羽ばたかせるのでもなく、羽毛が風に舞ってふわりと浮かぶのでもない。無機質な塊が、垂直にゆっくりと均等のスピードで上っていく。
「何だあれはっ! や、奴らの基地が……!」
 驚愕の声を漏らすアイザックと、呆然と上っていく建物を見つめる一同。地上からは見えない、広大な地下部分までが完全に宙に浮き、さらに建物は上昇を続けている。
 表上は魔練器製造工場だが、その地下には広大なニーヴルの研究施設が存在していることを同志達は皆知っている。それらがすべて、今目の前で空高く浮かび上がっていく。どす黒い、何か不快にさせるようなオーラに包まれて。
「まさか、あれが……」
「どうしたの、パーラ?」
 ふと何かを思い出したように、パーラが呟く。一同の視線を浴びてキュッと肩を縮めた後、パーラが恐る恐る口を開いた。
「前にガルバトロス様が言っていたんです。えっと……、“奴らの基地のある場所は、かつてもう一つの神が鎮座していた場所だ”と。それで、あの、ヴァル……なんとかだって言っていました」
「そうか、あれが“ヴァルハラ”かっ! くそ、あれじゃあ地上から突撃できない!」
 すでにニーヴルの基地は肉眼で確認するのがやっとなくらいまで上昇していた。
 アイザックの言うように地上から侵入するのは無理だし、あの高度ではペガサスやワイバーンでの乗り込みも難しい。
 空に浮かぶ要塞――ヴァルハラ。あそこに世界を護るために倒さなければならない天使達と、彼女らを使って世界を滅ぼそうとするニーヴルの連中がいる。
 もはや崩壊の時まであまり時間は残されていないはず。こんなところで足止めを喰らうわけにはいかないが、かといってヴァルハラに乗り込む手段があるわけでもない。
 天高く佇むヴァルハラを見上げながら、ガネットは下唇を噛みしめた。
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