ジェンダーフリーは学校を超えるか:連載第5回

タテマエ男にホンネ女の市民運動


 日進市の市議選が4月25日に実施され、市民派の女性議員が二名、トップと二位当選した。驚くべきというか、すげー!としか言えない得票率である。二人とも「地道」かつアピール力のある「派手な活動」をやってきた女性たちであって、まあ当選して当たり前なのだが、最近はその「当たり前」がなかなか実現しないので、今回の「当然の当選」は、ボクにとってすごくうれしいことだった。しかも、共産党も一名増であり、これで市政当局へも緊張関係を一層強くしいるだろう。

  1.  「女性議員だから」のホンネ力

     しかし、今度は各地で女性議員が多く立候補したが、日進市においては女性候補で落選した議員もいて、「女性だから」を狙った候補が必ずしも当選しないということも立証された。つまり、日常的に地域で何をしているか?ということなのだ。その意味で真価が問われる選挙だったように思う。
     地方議員がその報酬だけで喰えるかというと、それはむつかしい。つまり、今までの日進市では不動産業や農業管理者等々の、比較的時間に余裕のある、重い仕事を持たない男の人が 「名誉職的」に議員になっているという現実がある。しかし、これはおかしいのだ。議員は名誉の為でなく、威張り散らすためでなく、政治を仕事とする職業人なのだ。だから職業をもたない人しか議員活動できないという構造をなんとか変えなくてはいけない。
     つまりいままで差別され抑圧され続けた女性が議員になるということは、そのシャドーワーク(家事労働他)の抑圧と圧力を逆手にとって逆襲しているという点で、(「いわゆる女性議員」というのは)画期的なのだ。「いえ(家)」の中でおさまらないぜ!という自由への強い欲望とそこから来る闘う知性と政治的な力が多くの他の女性や抑圧された人々の共感を呼ぶのだ。会社や社会的な仕事を持っていないことの自由さを生かしている女性議員が多い。仕事人間の経済男を批判していける立地条件が今の女性議員の流れを創った。
     どんなに男議員が偉そうに唸っても、地域の集会をこまめに廻って、住民の意見や要望を捉えて、議会や行政に反映させられないのなら、最初から勝負などできっこない。不戦敗だ。
     したがって、これから当分は、きちんと活動し、考える女性が、地域を支えている市民や弱者の声を反映させ、政治を変えるだろう。ホンネ女にタテマエ男は勝てない。

  2.  自分の喰いぶちを自分で!市会議員の給与をあげよ!

     しかし、すべての市民運動やボランティアが、自分の喰いぶちを誰かに委託し続けるならばそれは仕事男(仕事女)に駆逐されるだろう。ボクは、市会議員が生活費を充分捻出できるだけの給料を貰えない限り、その地方自治はボランティアの域を超えない、貧相なものになるだろうと思っている。例えば、原発労働者の家族が、反原発運動に取り組めるようになれば日本は本当に変わるということにも通じる。生産点で闘うことが大事だと思うからだ。時として良い議員が現場労働者を安易にくくって「労働者のみなさんご苦労様」的に捉えているのは残念だと思う。
     ある地方自治のお手本のような街の中心人物に話を聞いた時、その男性は「昼間時間のあるご婦人方が、精力的に動いてくれるところがいいのです」と自慢気に言った。しかし、ボクはその時、何か変だなと思ったのだ。「昼間時間があるということは、働いていないことだよな。つまり、経済的な基盤を男に分担させて動けるってのは、本当にいいことなんだろうか?」という考えが頭をよぎった。むろん、理解ある夫が妻の地域活動を支持するというのは、一定の水準をもったすごいことではある。ならば逆に、典型的良妻賢母型の妻が夫の活動を助けるために、賃労働をするというのも、すごいことになる。
     一生懸命にか、しかたなくか、夫や子どもの「世話」をしながらボランティアをしている妻的女性をボクは応援してきたし、これからも積極的に応援し、共に「闘おう」と思う。しかし、同時に、その家庭というか家族のシステムに疑問も禁じ得ないのだ。他人の家族にいちゃもんつけるほど、自分の家族に自信はない。しかし、ボクは、連れ合いといっしょに働きながら、それでも地域や市民運動をやり続けるにはどうするか?そういう問いというか課題をいつも意識している。日本の市民運動が、アメリカの有閑階級のマダム的チャリティー活動のシステムとは違うんだぞ!というきっちりした主張を女性解放と男性解放の運動でしていく必要がある。単に、政治的主張が違うだけではいけないのではないか?女性の進出というステップの次のステップに今や足がかかっているような気がする。機会均等法や女性差別撤廃条約による性差別の排除は、同時に労働現場で闘う女性を要求し、自立した家族への実現を要求する。男性は単にパワフルになった女性に苦笑いしているだけでなく、自分の働き方を変革しつつ、地域や自治に関わることが要求されているのではないか。「あんな安給料で議員なんかやってらんないよ、暇な女に任せておけばいい」などという男は、よもやいまいとは思うが………。

(1999−5−15)


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