書 評

三国志

勉強力をつける

梶田正巳『勉強力をつける』ちくま新書、1998年。
 

 本書を読むと、人が何らかの概念や意味を本当に100パーセント理解するということは、非常に難しいことであるということがわかる。そして、本書には、その理解の困難さを和らげるための方法が書かれている。

 著者の梶田氏は、人が新しい概念を獲得することを、人間の臓器移植に例えている。そして、それを意味移植と名付けている。つまり、新しい概念を獲得することは、その概念の意味を人の頭の中に植え付けるようなものなのである。

 臓器の移植で異物に出会うときの反応と同様に、意味移植においても、新しい概念に出会ったとき、拒絶反応が起こる可能性がある。
 この拒絶反応は、人それぞれが固有の世界を持っているために起こるのである。

 また、この本によると、でたらめに回答した場合を除き、回答者が正答を導くための論理と誤答を導くための論理とは、同じであると書かれている。
 つまり、論理の道筋は正しくても、理解の仕方や正答へ至るための道筋の方法が間違っているために、誤答が導かれてしまうということである。
 誤答を防ぎ、正答を導き出すために、正答の論理だけでなく、誤答の論理も認識する必要があると述べられている。

 こういった意味移植に対する拒絶反応や誤答の論理の理解を進めるために、梶田氏は、ワクチン型学習法を提唱している。ワクチンとは、ウィルスに対する免疫力をつけるために、弱い細菌を接種することである。梶田氏は、免疫をつけることを、誤解・失敗を学ぶこととして、定義している。そして、誤解・失敗をした後で、「なぜ、そのような間違いをしたのか」、「どのような論理の道筋をたどったのか」を明らかにすることが深い理解につながっていくと述べている。
 

 さらに、本書では、驚くべき事実を明らかにしてくれる。
 それは、認識というのは場面拘束的であるということ、命題理解には誤解や偏見が必ず伴うということである。
 このことから、「勉強して身に付けて力」≠「応用可能な一般認識力」という事実が導き出されている。梶田氏は、人間というものは、学習能力に長けるが、思考力にはあまり長けていないのではないか、という結論を導き出している。

 本書は、人の認識活動が狭い範囲しか網羅しておらず、その認識を広めるための方法が提示されている。人間の学習活動に興味がおありの方には、一読を勧めたい。





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