「人生即努力、努力即幸福」 ― 本多静六 本多静六は、日本最初の林学博士である。日本初の洋風公園、日比谷公園をはじめ、多くの公園開発に彼は携わってきた。また、彼は、巨万の富を築き、そのほとんどを寄付した人物である。彼の森林資産寄贈によって制定された本多静六博士育英基金は、現在まで、埼玉県において機能している。 彼については、彼の自伝的蓄財指南本『人生と財産』で詳しく知ることができる。その彼の座右の銘が、「人生即努力、努力即幸福」である。つまり、「人生とは努力すべきものであり、努力をし続ければ幸福に至る」ということである。
この文句は、彼が幾何の試験に落第したことに端を発している。彼は試験に落第し、親兄弟に申し訳なく思い、井戸に身を投げた。しかし、片腕が井桁に引っかかり、死には至らなかった。その後、心を入れ替えて勉学に励み、幾何で一番の成績を取るまでになった。そして、指導教官から「お前は、幾何の天才だ」と言われ、「天才とは努力したもののことだ」と悟るようになった。こうして彼は、「人生即努力、努力即幸福」を自分の人生の中で実践していくのである。 ここで、一つ疑問に思うことがある。それは、「努力は必ず報われるものであるか」ということだ。 私は、努力しても必ずしも報われるとは限らないと思う。 努力して報われた人以上に、努力したにもかかわらず報われなかった数多くの人々がいることを忘れてはならない。私は、「努力することに意味がない、価値がない」と言っているのではない。ただ、努力をしても報われない人もいるということを指摘したかっただけだ。 努力をしても報われなかった原因はいくつか考えられる。
・努力の絶対量の不足 ・努力の質が低い ・努力を向けるべき方向の問題 ・日の目を見ることのない分野での努力 他にもいくつかの理由があると思うが、一番の理由は、本人が努力をした気になっていることではないだろうか。現在の自分に満足してしまっていては、それより上に伸びていくことはできない。 それにつけて思い出すのが、現ヤンキースの松井秀樹選手の言葉だ。正確には記憶していないが、次のようなインタビューだったと思う。 彼は、巨人時代に、あるインタビューを受けた。それは、アトランタ五輪で銅メダルを獲得し、「自分で自分をほめてやりたい」と答えた、有森裕子選手の言葉についてのやりとりだった。 インタビューアーは問うた。「松井選手は自分で自分をほめてやりたいと思ったことはありますか?」松井選手の言葉はこうだった。「僕は自分で自分をほめてやりたいと思ったことは一度もないですね。これからもないでしょう。」 この松井選手の言葉は、決して現状に満足せず、絶えず自分を向上させていくという気概に満ちているように思える。この飽くなき向上心こそが、今日の松井選手の活躍ぶりを物語っている。 人生は一度しかないのである。自分の努力を傾けるべき道を見つけ、常に飽くことなく進んで行きたいものだ。 |