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第三章 アリアと聖石

「レミネーラ様……」
 漆黒の夜闇に浮かぶ要塞。その一室にある紅い絨毯の敷かれた部屋には頑丈そうな木造のテーブルがある。そして椅子に腰掛けてテーブルの上に広げられた資料に目を通す妙齢の女の姿があった。
「誰?」
 女が顔を持ち上げ、扉に向けて尋ねた。女は長い黒髪を掻き上げ、その紫色の瞳で扉をジッと睨みつける。
「カルネです。実は、レオの件に関してお話が……」
「ああ、入って」
 許可が下りると、扉がギィィと音をこぼしながらゆっくり開き、眼帯を着けたスーツ姿の男が中へ入ってきた。
 赤い髪に赤い瞳。長身で細身の二十代らしき男は、絨毯の上を進んで女のもとへ近寄る。
「それで?」
 レミネーラと呼ばれた女が、カルネと名乗った男に不敵な笑みを浮かべながら尋ねる。カルネは手に持った資料へ視線を落としながら、ゆっくりとした口調でそのハスキーがかったバリトンを響かせた。
「先ほど辺境の街にいる調査員から魔通信による連絡があり、アルトドラゴンを倒した二人組を目撃したとの事でした」
「あら、ドラゴン……ね。それは苦労したでしょうね」
 レミネーラはふふふと笑いながら肘をテーブルについて手の甲に顎を乗せた。
「二人組は、長身で茶髪の男と、桃色の髪をした十歳前後の少女だそうです」
「場所は?」
「南西部のべーベル地方にあるトラキアという小さな街です」
「……随分と遠いわね。以前逃げられちゃった場所からかなり離れてるわ」
 椅子を引いて立ち上がり、レミネーラは窓へ近寄るとカーテンを開いた。外は真っ暗で、人工的な光以外は何も見えない。
「今から兵を送っても無駄でしょうね」
「はい。ですから、僭越ながら私が自身の判断で、もっとも近場にいた者にその場へ急行するよう命令しました」
「カルネは仕事が早くて助かるわ。……それで、どの程度向かわせたの?」
「S級が一人、A級が一人。他数名の一等兵士です」
 窓の外を眺めながら目を細め、レミネーラは微笑を浮かべた。カルネはジッとしたまま動かず、レミネーラの背中を見つめている。
「アリエスの覚醒は近いわ。そしてバルゴの適合者だってもうすぐ見つかる。……後はレオさえ取り戻せば、計画完遂はもう目の前よ」
「はい」
「うふ、うふふふふふ……」
 部屋中に響くレミネーラの笑い声。カルネは無言のまま、音も無く部屋を去っていった。

* * *

 魔物の襲撃から一夜明けたよく晴れた日。シェドとアリアは保安隊や街の建築士らに混じって崩壊した東門やその周辺の建物の再建を手伝っていた。
 何でもこなす器用なシェドは、他の建築士に引けを取らないほど丁寧な仕事で紙の上に家の設計図を引いていき、その後は現場監督を務めていた。
 一方のアリアは大の大人ですら重そうに運ぶ石や接合用の泥が入った樽を表情一つ変えずに次から次へ運び、誰よりも一番働いていた。そしてそれは他の男達のいい刺激材料となり、男達は「あんな小さい子に負けてられるか」としゃかりきになって働いていた。
「アリアちゃーん、シェドさーん」
 男達の汗と熱気で息苦しい現場にフィオナの爽やかな声が響き渡った。白いワンピースに麦わら帽子姿のフィオナ。その手には大きなバスケットが握られていた。
「おっ! 昼飯か?」
 シェドが走ってフィオナのもとへ駆け寄る。アリアは持っていた石を所定の場所まで運んでからゆっくりと近寄ってきた。
 二人とも普段着ではなく街の人に借りた作業用のつなぎを着ており、その下には白いTシャツを身につけている。
「お腹空いた」
 フィオナが敷いたゴザの上に腰掛けながらアリアが自分の腹をさする。その顔には樽から飛び散った泥が付着しており、手も石に付いていた土や泥で黒くなっていた。
「アリアちゃん、はい、おしぼり」
 爛々とした笑顔でフィオナがおしぼりをアリアに手渡す。そしてもう一つのおしぼりをバスケットから取り出すと、フィオナは優しくアリアの顔に付いた汚れを拭き取ってあげた。アリアは大人しくフィオナに身を任せている。
「フィオナ、お茶くれ、お茶」
 そうこうしている間にシェドは勝手にバスケットを開いてすでに中にあったサンドイッチを頬張り始めていた。
「んもう! それくらい自分でやってよね」
 そう言いながらも、フィオナはアリアの顔を拭いて汚れたおしぼりをしまって水筒を手元に引き寄せると、コップを取り出してお茶を注ぎ、「ん」と仏頂面でシェドに突き出した。
「ありがとう」
 フィオナはシェドにお茶を渡すと、バスケットから小皿とサンドイッチをいくつか取り出し、それをアリアの前に置いた。そしてコップにお茶を注いで小皿の隣に並べる。
 アリアはフィオナが出してくれたサンドイッチを両手でしっかり掴みながら、小さな口を精一杯大きく開けて食べ始めた。フィオナもアリアの食べる様子を見つめながら右手に握ったサンドイッチを頬張っていた。
「しかしこの街の人間はすごいな。あれほどぐちゃぐちゃだったこの場所が、一夜で綺麗さっぱり片づいてるかと思いきや、もうすでに新しい建物の建築も始まってるんだから」
「……そうね、多分、慣れてるからじゃないかしら」
 声のトーンを下げつつ、フィオナがぼそっとつぶやいた。シェドは口まで運んでいったサンドイッチをすんでの所で止め、口を開いたままフィオナを見つめた。
「慣れてる?」
「ええ。この街は時折昨日みたいに魔物の襲撃を受ける事があるの。十年くらい前にも同じような事があって、その時は多くの死者が出たそうよ」
「…………」
「私のお父さんも、その時保安隊に所属しててね。……襲撃が終わってもお父さんは帰って来なかったわ」
 フィオナが自分のコップにお茶を注ぎながら、悲しげな笑みを浮かべる。アリアは横目でフィオナの顔をジッと見つめており、口はサンドイッチをくわえたまま動きが止まっていた。
「私はその頃小さかったから全然覚えてないんだけどね。前回は今回とは比べものにならないほど街も焼かれ、多くの犠牲者が出たそうよ」
 そう言いながらフィオナがお茶を飲み込み、「ぷはー」と息を吐いた。
「だから多分、みんなアリアちゃん達には感謝してるはず。そりゃあ、その、あんな戦い様を見て二人のことを怖がる人だっているかもしれないけど、きっと、大丈夫」
 結局それが言いたかったようで、フィオナはにっこり笑いながらアリアの顔をのぞきこんだ。アリアはサンドイッチをくわえたままフィオナにコクンと頷いてみせた。
 フィオナの話を黙って聞いていたシェドは、何やら考え事をしている様子で遠くを見つめながら目を細めていた。
「……じゃあ私、行く」
 先の食べ終わったシェドがまだゴザの上でゴロゴロしているにも関わらず、アリアは食べ終わるとすぐに立ち上がって現場に戻っていった。フィオナは「もう少し休憩していけばいいのに」と小声で言いながらも、アリアを呼び止めたりはしなかった。
「なあ」
 小皿やコップを片づけるフィオナを見つめ、ずっと黙っていたシェドが口を開いた。
「え? 何?」
「前にも魔物がこの街を襲ったって言ってたよな。……その時も今回みたいにドラゴンが現れたのか?」
「……うーん、私は覚えてないけど、聞いた限りそんな話は無かったわ」
「だろうな。ドラゴンに襲われたらヘタすりゃ街は壊滅だ」
 シェドはそう言いながら作業場で大柄の男達に混じって作業を進めるアリアの背中を見つめた。フィオナはそれにつられるようにアリアを見つめた後、不思議そうな表情でシェドの顔をのぞき込んだ。
「それより、シェドさんも早く戻った方がいいんじゃないですか?」
「いや、俺の仕事はすでに終わったようなものだ。図面引いて設計図を作り上げた。残りの力仕事はアリア達に任せるさ」
「もう、いい加減な人ですね」
 フィオナにそう言われてニタッと笑うシェド。しかし直ぐさま固い表情へ移行し、真っ青な空を仰ぎながらずれたサングラスを押し上げた。
「なあ、フィオナ」
「今度は何ですか?」
「……俺たちがどういう人間か気にならないか?」
「…………。それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味さ。どうしてアリアは両親を捜しているのか、どうして俺は過去を奪われたのか、どうして俺たちは戦えるのか、とかな」
 いつの間にかシェドは仰向けに寝そべっており、両腕を頭部の下に潜らせて枕代わりにしていた。長い足を組み、ジッと空を漂う白い雲見つめたまま微動だにしない。
「聞きたくないと言えば嘘になります。もっとアリアちゃんのこと、知りたいと思ってますから」
「俺のことは別に知りたいとは思わないのか?」
「ええ」
 セミロングの金髪を風になびかせながら、フィオナはフフッとシェドを向いて笑う。シェドはわざとらしくため息をつき、首を左右に軽く振った。
「多分、アリアもフィオナになら話してもいいと思っているだろう。俺も、いいと思う」
「どうして?」
「フィオナは勘がいいからな。それにあの時、フィオナが真っ先にアリアへ駆け寄ってくれた時、アリアは今までに見せたことのない表情を浮かべていた」
 シェドに言われ、フィオナはあの時のアリアを思い起こそうとした。しかし抱き寄せていた上に涙で視界がぼけていたため、しっかりとは思い出せなかった。
「だから、フィオナには本当のことを話してもいいと思った。いや、聞いて欲しいと思ったんだ」
 フィオナは黙り込んだ。そして忙しく動くアリアを目で追いながら、少しだけ表情を曇らせる。
 数分の間、シェドとフィオナは黙ったまま動かなかった。二人の耳には作業場で檄を飛ばす男の声や石を削る音、杭を打ち込む音などが届く。
「わかりました。聞かせて下さい」
 意を決した面持ちでフィオナがシェドを向いて言う。するとシェドは「よっ」と上半身を起こし、サングラスをポケットにしまってアリアを見つめた。
「……俺とアリアはとある組織に属していた。そこでは徹底的に戦術を叩き込まれ、俺とアリアはそこで銃の扱いを覚えた」
 シェドは手のひらをジッと見つめ、グッと握りしめた。フィオナはそんなシェドを、黙って見つめていた。
「アリアはまだ戦闘知識だけしか習得してないが、俺はそれに止まらず社交でのマナーから料理、裁縫などの家事全般、そしてスポーツ全般など、ありとあらゆる知識を叩き込まれた」
「……どうして?」
「必要だったからさ。ターゲットに近づくには、ターゲットが一番興味のあることを理由にした方が楽だから」
 シェドがそう言った時、フィオナの顔が引きつった。シェドが言う前に大体の内容を把握したようだった。
「……勘がいいフィオナならわかるだろう。そう、俺たちの組織が行っていたのは主に暗殺や反政府組織の撲滅だ。組織はトルメキア皇室や軍と通じていたからな」
「そ、そんな……」
「国民の支持を得ていた有力な貴族や、民主政治支持者の組織などを割り出し、その内側に入って調査を進め、そして、内側から完全に破壊する。また、時には戦争にも参加して前線で敵国の兵士を数多く殺した。それが昔の俺たちだ」
「……どうして、どうしてアリアちゃんまで? あんな小さな子供を……」
「俺たちは組織で“エインフェリア”と呼ばれていた。組織は様々な特殊技能も持った人間を世界中から集めていたんだ」
 シェドは上着のポケットに手を突っ込み、ごそごそと探りながら一つの大きなジェムを取り出した。コバルトブルーに輝くジェムは、指先くらいの大きさがあった。
「俺の技能はジェムを扱えること。しかも普通、ジェムが使える人間とは言え、医者はヒールジェムだけといった具合に自分の属性にあったジェムしか使えない。だが俺は属性を問わずすべてのジェムを扱うことができる」
「じゃあアリアちゃんも特殊なジェムが使えるとか、そういう技能をもっているわけ?」
「アリアは違う。アリアは組織が裏で進めている計画に必要とされる天使だ」
「て、天使? 天使って、神話とかに出てくる神様に仕える羽の生えた人間のこと?」
 フィオナは自分の頭の上で円を描いて見せ、首を傾げながらシェドを見つめる。
「ちょっと違うな。天使の魔力を宿したとされるヒュージジェム、組織はそれを聖石と呼んでいたが、それを体内に取り込める人間を指して天使と呼ぶらしい」
 その話を聞いたフィオナは、ハッとアリアの胸に埋め込まれていた煌びやかな装飾付きの宝石を思い出した。ライトブルーに輝く大きな宝石が、大層な外装をまとって小さなアリアの胸で光り輝いていた。
「俺も詳しくはわからないが、組織はアリアの持つ聖石がどうしても必要らしい。アリアの持つもの以外にも聖石はいくつかあり、組織はそれを体内に取り込める人間を世界中駆けめぐって探しているらしい」
「じゃあアリアちゃんはその組織に無理矢理連れてこられて、そして聖石ってのに適合してしまったから組織に身を置くことになったの?」
「そうだ。本人の意志に関係なく、な」
 フィオナがギュッとワンピースの裾を握り、奥歯を食いしばった。シェドは遠い目でアリアを見つめ続けており、「煙草いいか?」とフィオナに断ってから煙草を吹かし始める。
「ふう、久々の煙草はうまいぜ。大工の親父に分けて貰ったんだよ」
 黙っているフィオナの隣で、シェドが満足そうな顔で口から白い煙を立ち上らせる。
「……その後、どうして今に至るんですか?」
 依然沈痛な面持ちのまま俯いているフィオナがシェドに尋ねる。シェドは煙草を口にくわえたまま大きく息を吸い込み、そして大量の煙をまき散らした。
「俺は、まあ、その、ちょっとしたキッカケがあって組織の任務に嫌気がさし、抜け出したんだ。アリアはずっと自分が孤児だと思いこまされていた。だがある日、自分は両親の元から無理矢理連れてこられた事を知り、両親の手がかりである時計を持って組織を逃げ出したんだ」
「それでシェドさんと出会って一緒に旅することになった?」
「ああ。正直、会ったばかりのアリアは今以上に感情が乏しいヤツだったよ」
 シェドが半笑いでアリアを見つめる。フィオナは眉を顰めたまま顔を持ち上げ、シェドにならってアリアを見つめた。
「俺と違ってアリアが組織に連れてこられたのはアリアがまだ五歳くらいの時らしい。組織でアリアを待っていたのは過酷な戦闘トレーニングと孤独、そして火薬と血の臭いだ」
「……そんなの、非道すぎる」
「そうだな。……その結果、アリアは感情の乏しい女の子になっちまった。平気で人を殺し、魔物に対しても恐怖を感じなくなった。多分、フィオナくらいの年の子も多く殺してきただろう。もちろん、俺もな」
 再び煙草をくわえ、勢いよく白い煙を吹き出すシェド。フィオナはアリアを目で追い続けていた。
「でも……、そんな過去があるせいで、今のアリアは何よりも人が死ぬことを恐れるようになっちまった。目の前で人が死ぬところを絶対に見たくないと思っているし、もう誰も絶対に殺したくないと思ってるみたいだ」
「だから、昨日は自分から魔物に立ち向かって行ったんですね」
 フィオナは口元をキュッと噛みしめ、ワンピースの裾を握る手に一層の力を込めた。
「アリアって名前、実は俺がつけたんだよ。組織に無理矢理連れて来られたアリアは、最初ショックで言葉を失っていたらしいし、組織では普段コードネームで扱われるから名前なんて必要なかった」
「…………」
「ファミリーネームのフィルガントってのも俺がつけた。俺のガンブレイブからガンを取って付けたんだ。ガンって、銃という意味の他に正義って意味があるらしいぜ? ま、俺には当てはまらなそうだが、アリアにはいいかと思って」
「そうですか……」
 短くなった煙草を大地で擦って火を消し、ゴミをポケットに収めるシェド。フィオナはアリアから視線をシェドに切り替え、作り笑顔を浮かべるシェドをジッと見つめた。
「まあそんな所だ。どうだ、聞いたことを後悔してるか?」
「……そうね。笑顔で聞いていられる話ではなかったわ」
 フィオナは立ち上がり、シェドが座っているにも関わらず端からゴザを丸め始めた。シェドがひょいっと立ち上がると、フィオナは端まですべて丸め終え、脇の下にゴザを挟んでバスケットを手に握りしめた。
「でも、私は今のアリアちゃんしか見たことがない。だから、昔のアリアちゃんがどうであっても、私の態度は変わらないわ」
 そうはっきり答えたフィオナは、シェドの方を向いてニッコリと微笑んでいた。シェドはそんな笑顔を前に、少し気圧されたような顔でキョトンとしてた。
「話してくれてありがとうございます」
 ペコリと頭を下げ、フィオナはゴザとバスケットを持ってシェドに背を向けた。そしてそのままスタスタと歩いていき、二百メートルほど先にあるアンミラ亭へと消えていった。
 残されたシェドは後頭部を掻きながら、
「ホント、すごい子だ」
 と笑顔で呟いた。

* * *

 荒野を進む二台の馬車。一方の馬車には甲冑をまとった三人の男と手綱を握る黒いローブを着た男の姿があり、それ以外にも多くの銃や兵器が積まれていた。
 そして別の馬車には、手綱を握る男と、中に二つの影があった。
「……“無垢なる獅子”か。組織を抜け出したとは聞いていたけど、僕は実物を見たことがないんだ」
 馬車の中で皮のマントで全身を覆い隠している小柄な少年が言った。短い髪は深い緑色で、瞳は栗色。年の頃は十三くらいで、肌は小麦色にやけていた。
「それと“魔弾”のシェド。……どうしてシェドは組織を抜けたりしたのかしら」
 少年と向かい合うように座る蒼い髪の女。女ながらも背が高く、年も少年より一回りほど上のようだった。
「ふふ、セシリーはシェドって男に首っ丈だったもんね。僕はシェドってヤツも見たこと無いけどさ」
 少年が笑い飛ばすのをセシリーと呼ばれた女がその黒い瞳でキッと睨みつけた。
「おお、怖い怖い。でもわかってるよね? レオは殺しちゃ駄目だけど、シェドはちゃんと殺せって組織から命令されてるんだから」
「あなたにいちいち言われなくてもわかってるわ、レン。いい加減、その妙に大人びた喋り方どうにかならないの?」
 レンと呼ばれた少年は肩を竦めるポーズをとり、大きく息を吐いた。
「ごめんよ。これはもう癖みたいなものでね。直したいとは思ってるんだけど、ふふ」
 そんなレンの態度がセシリーの表情を一層厳しくさせる。
「まあいいわ。……それより、二人がトラキアに居る内に着くんでしょうね?」
「さあ、それはわからない。騒ぎを起こしたからってすでに移動を開始してるかもしれない。その時は後を追うまでさ」
 そう言いながらレンがその場に横になった。セシリーは鼻を鳴らして不機嫌そうな表情を浮かべると、自身も横になって瞳を閉じた。
 二台の馬車は荒野を東から西へ静かにゆっくりと進んでいた。

* * *

 魔物の襲撃から三日が過ぎた日の午後、ようやく東門も元通りになり、壊れた建物も一部を除いて完全に元通りとなった。
 すでに昨日の時点で修復作業から外れていたシェドとアリアは、完成した建物を一件ずつ見て回り、シェドは満足そうに微笑んでいた。
「……さて、今日はどうする?」
「私は一人でお母さんとお父さんを捜す。……シェドは?」
 アリアが澄んだ碧眼でシェドを見つめる。シェドはアリアの服装を指さしながら、
「俺はあのボロボロになった服をまた直さなきゃならない」
 と笑いながら言った。
 アリアが自分の服に視線を落とすと、普段身につけている黒地の上下ではなく、トラキアについてからシェドが作ったというテセアラにある女学園の制服を模した服がアリアの身を包んでいた。
 股下二十センチほどの長さの紺色をしたプリーツスカートに白いブラウス。その上にスカートと同じ色のベストを羽織り、襟元には緋色のリボン、右胸の所には黄色い花のパッチが縫い込んであった。ソックスも普段の白くて短いものではなく、膝上まで伸びた黒のニーソックスを身につけていた。
「この服の方が動きやすい」
「んー……。でもその服じゃあ銃やマガジンをしまい込めないだろ」
 シェドが振り返って、自分が作った服に身を包まれるアリアをにやにやしながら見つめた。
「確かにその服も可愛いんだけど、戦闘には向かないよなぁ……」
「可愛い……?」
 窓硝子に映った自分の姿をジッと見つめるアリア。隣に映っているシェドは、厭らしい目つきで角度を変えながら矯めつ眇めつ制服で身を包んだアリアを眺めていた。
「……私、行く」
 少しだけ頬を朱色に染め、いつもと同じ紺色の服を着ているシェドに背を向けると、アリアは小幅でテクテクと歩き始めた。
 シェドはしばらくアリアの背中を見つめた後、アンミラ亭へと引き上げていった。
「あれ? アリアちゃんは?」
 店に入ると相変わらず客の姿はなく、フィオナが暇そうに店内の掃除をしていた。シェドはよく潰れないなと思いつつも口には出さず、フィオナに歩み寄った。
「あいつは一人で両親捜しをするってよ」
「……シェドさんは手伝ってあげないんですか?」
 口を尖らせて上目遣いにシェドを睨むフィオナ。切れ長の茶色い瞳がシェドをジッと睨んだままとらえて放さない。
「あー……、俺はまたアリアの服を直さなきゃならないんで」
「そんなのいつでもできるでしょ?」
「いや、その、気分が乗ってる時じゃないと」
 後頭部を掻きながらシェドが作り笑顔を浮かべるが、依然フィオナの表情は硬い。シェドが脇を通り過ぎる様を、フィオナは睨みつけるような眼差しのまま見つめていた。
 部屋に戻ったシェドは大きく息を吐いてから作業を開始した。


 一人で人集りの多い街の繁華街へやってきたアリアは、スカートのポケットから魔練器の時計を取り出すと、それをギュッと握りしめながら街中を歩き始めた。
 街の人々は数日前に魔物に襲われたとは思えないほど活気に満ちあふれていた。前にアリアがフィオナと一緒に訪れた時と何一つ変わったところは見いだせない。
「……よかった」
 アリアが街の様子を窺って小さくつぶやく。微かに頬を緩ませ、アリアは行き交う人や露店に集る人を見つめていた。
「あっ! あの時の女の子だ!」
 不意にアリアの後方から幼い男の子の声がした。アリアが振り返ると、そこには自分と殆ど身長差のない少年の姿があった。
 少年はアリアの元へ駆け寄り、物珍しそうにアリアを見つめた。
「なあなあ、お前、あの時魔物を倒したやつだろ?」
「……そう」
「すごかったぜー。ピストルをバンバン撃ってさ、あっという間に魔物倒して」
 少年が銃を撃つポーズをとってみせる。アリアは黙ってその様子を見つめていた。
「今も銃持ってるのか? なあ、ちょっと見せてくれよ」
「今はない。置いてきた」
「ちぇー、なんだい、つまんないの」
 アリアの答えを聞いて少年が口を尖らせながら残念そうな表情を浮かべた。アリアは少し困惑した面持ちでそんな少年を見つめる。
「ま、いいや。でさあ、どうしてあんな事できるんだ? 俺でもできるようになる?」
「……出来ない方が、いい」
「えー、どうしてだよ。だってカッコイイじゃん!」
「…………」
 何度も銃の使い方などの教授を強請る少年に対し、アリアは頑なに口を割らなかった。黙ったまま首を左右に振り続け、冷めた目つきで少年を見つめ続ける。
「ちぇー、けちー」
「……ハーリー」
 少年がむくれた時、少年の脇から一人の中年女性が姿を現した。女性はアリアを訝しげな眼差しで見つめており、表情はとても強ばっていた。
「あ、母ちゃん」
「勝手にうろちょろしないの! さ、行くわよ」
 女性は少年の腕を掴むと、強引に引きずっていった。少年が振り払おうとするが、女性は決して力を抜かない。
「……ちょっと、あんな子と話しちゃ駄目でしょ!」
「えーっ! なんでだよー」
「だって、あの子は……」
 女性が汚らわしい物を見るような目でアリアを一瞥し、少年を引き連れてアリアの前から姿を消した。
 アリアを見つめた女性の目は、あの時アリアが助けた男と同じ目だった。
「…………」
 目を細めながら、アリアは時計を握る手に力を込めた。しばらく俯いたまま微動だにせず、その後、少年と女性が去っていった方とは逆の方角へ向いて歩き出した。
 ほぼ無表情だが、何処か悲しげで泣き出しそうな、そんな表情を浮かべて。


「ありがとうございましたー」
 売り子の声が響く店内を後にし、シェドは大通りへと出た。
 アリアの服を直している途中、白い縫い糸がきれてしまったため、こうして新しいの買いに来た次第だった。
「んー……、あの子も結構可愛いな」
 売り子の容姿を脳裏に描きながらシェドが鼻の下を伸ばす。そして歩いてはすれ違う若い女性一人一人を視線で追い、「あの服もいい」などと口にしながら行き交う女性をマジマジと見つめていた。
 シェドがアンミラ亭へ戻るとフィオナが店の前を箒で掃いていた。シェドに気づくと、フィオナはまだアリアと一緒に行かなかったことを根に持っているのか、仏頂面でシェドを睨みつけた。
「なんだその顔は」
「別にー。お客さんが来なくて暇だなーと思って」
「……よく潰れないな。いつもこんなんじゃ、生計成り立たないだろ」
「あら、そうでもないのよ。お父さんの遺産もあるし、近くの工場とかにお弁当を配達したりもしてるから」
「ほう、そんなこともしてたのか」
 シェドが他人事のように笑う。フィオナはぷくっと膨れて、わざと箒でシェドへ埃を掃きかけた。
 買い物袋を抱えたまま器用に埃をさけ、シェドが厭らしい笑みでフィオナを見つめた。フィオナは少しムキになって掃き続けたが、すぐに諦めてツンとシェドに背中を向けた。
 端から見ればじゃれているように見える二人。その時、修理が終わった街の東門から馬にまたがった旅人がトラキアの街へ入ってきた。
 全身を一枚の皮のマントでくるみ、頭にはタオルのような布を巻き付けていた。顔には両目を覆う大きなゴーグルがついているため、男か女かすらわからない。
 門の近くにいた人間が物珍しそうにその旅人を見つめる中、シェドとフィオナは話し込んでいてその騒ぎに気づいていなかった。
 旅人はアンミラ亭の前で話し込む男女を見つめてピクッと反応すると、馬から飛び降りて手綱を近くの木にくくりつけ、一直線にシェド達の元へ走っていった。
「シェド、みぃーっけっ!」
 青く澄み切った空に甲高い声が響き渡った。
「……は? ――うごっ!」
 名前を呼ばれたシェドが声の主に心当たりがありそうな顔で振り返ると、いきなり現れた旅人がシェドの脇に両腕を通し、力一杯シェドに抱きついてきた。その反動でシェドは旅人と共に大地へ倒れ込む。
 旅人が頭に巻いていた布をどけ、ゴーグルを額に追いやった。現れたのは少女の顔で、黒髪のショートにパッチリとした大きな瞳が特徴的、何より左右の瞳の色が違うことが印象的だった。左目は緑色で右目が緋色の少女は、燦々と輝く太陽よりも眩しい笑顔でシェドの顔をマジマジと見つめ、そして唇を尖らせると瞳を閉じてそれをシェドの唇へ近づけていった。
「ミ、ミレーヌ!? ……ぐ、この、やめろ馬鹿っ……!」
 フィオナが状況を把握できずにあたふたする前で、ミレーヌと呼ばれた少女がどんどん自身の唇をシェドの唇へ近づけていく。そしてまさに触れる手前、シェドが少女の顔面を鷲掴みにして自分の顔から引き離した。
「むぐっ! むぐぐぐ……」
 シェドに顔を鷲掴みされながらもミレーヌは必死に顔面をシェドに近づけようとする。しかし結局はシェドに阻まれ、ガバッと顔を持ち上げてシェドから身を離した。
「むぅーっ! 何でそんな嫌がるのよぅっ!」
 起きあがったミレーヌは腕組みしながら頬を膨らませた。シェドが面倒くさそうに立ち上がって服に付いた土を払う中、ミレーヌは上目遣いにジッとシェドを睨み続けている。
「おいこらーっ! 久々なんだからキスくらいさせなさいよ!」
「だーっ! もう、鬱陶しいっ!どうしてお前は現れる度そうも騒がしいんだ」
「何ぃっ! それが恋人に対する言葉なのぉ!?」
「誰が恋人だ! 誰がっ!」
 二人が顔を近づけていきながら火花を散らす。シェドはガンを飛ばすよう前屈みになって眉を顰め、ミレーヌはつま先立ちをしてシェドの顔を膨れながら睨みつける。
「あ、あのー……」
 しばし蚊帳の外で二人の様子を見守っていたフィオナが、居たたまれない様子で二人の合間に割って入った。
「ああ、悪い。いきなり変なのが出てきたもんだから」
 シェドがクルッとミレーヌに背を向け、フィオナに対して笑みをこぼした。それに一層腹を立てたミレーヌが、バッとシェドの前に回り込んでフィオナに鋭い視線を投げかける。
「ちょっとちょっとシェド! 何よ何なのよ、この――」
 ミレーヌがわめきながら、フィオナの端正な顔立ちと綺麗なセミロングの髪をキッと見つめながら眉を顰め、
「この――」
 視線を下げつつ、着物の上からでもわかるほど豊かな胸の膨らみを羨ましそうに見つめ、
「……この――」
 スラッと伸びた股下と、寸胴に見えがちな着物で身を包んでいるにも関わらず現れている色っぽいくびれを見ながら奥歯を噛みしめ、
「この、へ、へぼっちぃ女はっ!」
 叫びながらシェドを睨みつけた。へぼ呼ばわりされたフィオナはカチンときたらしく、ミレーヌではなくシェドに対して怒りの視線をぶつけていた。
「ああっ! まさかまさか、あたしという恋人がいながら、こんな女と遊んでたとか言うんじゃないでしょーね!」
「だから誰が恋人だっ!」
「……あらあら、随分元気な恋人さんですね、シェドさん」
 ミレーヌの言葉に腹を立てているフィオナが、米神に血管を浮かばせながら満面の笑みでシェドを見つめていた。シェドは冷や汗をかきながらそんなフィオナをなだめる。
「いやこいつは、えっと、ただの補給部隊というか、弾薬やジェムを調達してくるだけのヤツで……」
「むかーっ! 何よそれっ!」
「お前は黙ってろ。……話すと少し長くなるんだが、こいつはアリアの胸に埋め込まれた聖石を取り除くために手伝ってくれている魔練器技師の娘で、ミレーヌというんだ。普段は俺たちに弾薬やジェムの補給を持って来つつ、親父さんの研究の進行具合を報告に来るんだ」
 シェドに言われて大人しくしているミレーヌ。フィオナはシェドの話を聞いて、ようやく相手とシェドがどんな関係か理解した様子で少しだけ表情を和らげた。
「何よシェド、その子アリアちゃんの聖石のこと知ってんの?」
 フィオナに体を向けて説明したシェドに対し、面白く無さそうな顔つきで頬を膨らませているミレーヌが尋ねた。シェドは、
「ああ、この街に来てからはこの子の家に居候させてもらっている」
 フィオナを向いたまま、横目でミレーヌを見つめて簡素に答えた。そして先ほどの説明で足りなかった部分をフィオナに追加で説明する。
「話してなかったけど、アリアの胸に埋め込まれた聖石は、無理に取り除こうとすればその者の命に関わるんだ。だから、アリアから無事に聖石を取り除くための研究をこいつの親父さんに依頼したんだよ」
「……そうだったの」
 アリアのことになると急に声のトーンが下がるフィオナ。シェドはそんなフィオナをしばらく見つめた後、今度は体ごとミレーヌに振り向いた。
「で、お前が来たってことは何か進展があったのか?」
「んー……、まあ、ちょっとだけね」
「あと、弾薬が底をついたんだ。特にアリアの使ってるハンドガンのマガジンはどれも空だ。新しい弾薬やジェムを持ってきたか?」
「それなら沢山持ってきたよ。アリアちゃんは弾薬がいくらするとか知らないから撃ちすぎる嫌いがあるもんね。……あと、腕輪につけるヒールジェムが切れてたんでしょ? ちゃーんと二つも持ってきたわよ」
 それを聞いたシェドがやっとミレーヌに対して笑みをこぼす。ミレーヌは乗ってきた馬の所へ戻ると、手綱を引いて馬をアンミラ亭の前まで引いてきた。
「えっと、取りあえず今シェド達が居候してるって部屋に連れて行ってよ」
 ミレーヌが至極当然な顔つきでそう言うと、フィオナがあからさまに嫌そうな顔つきでミレーヌを見つめた。
「……おいミレーヌ、さっきの言葉を取り消さない限りは入れてもらえなさそうだぞ?」
「あー……。あたしはミレーヌ=コートワーグ。……あなたは?」
「……フィオナ=ジールです」
「フィオナさん……。フィオナさんは、その、シェドとはただの家主と居候ってことでいいのね?」
「ええ、そうです。男女の関係では一切ありません」
 フィオナはシェドを一瞥して、にっこりと微笑みながらハッキリ答えた。ミレーヌはホッと息を吐きながら胸をなで下ろし、フィオナにぺこりと頭を下げながら、
「さっきは失礼な事を言ってごめんなさい。久しぶりにシェドの所へ来たら、フィオナさんみたいな、その、か……、可愛い女の子が隣にいたもんだから、つい……」
 ミレーヌは顔を持ち上げるとはにかみながら頬を人差し指でかいた。へぼから一転して可愛いと称されたフィオナはそれで機嫌をよくしたのか、ミレーヌに対する怪訝な目つきを緩めてクルッと踵を返した。
「馬はこっちへ連れてきて。宿屋をやっていた頃に使ってた馬小屋が裏にあるから」
 アンミラ亭と隣の建物の合間にある小道の入り口まで歩いていったフィオナは、明るい声でそう言いながらミレーヌに手招きして見せた。ミレーヌはまるで犬のようにコロコロとした笑顔を浮かべると、立派な馬を連れてフィオナの後を追っていった。
「……やれやれ、ミレーヌが来るといつも騒がしいな」
 一人道端に取り残されたシェドは、そう呟いてからアンミラ亭へ表口から入っていった。


「あちゃー。こりゃまた随分派手にやったね」
 シェドとアリアが居候している部屋へ移動したミレーヌは、まだ修繕前のアリアの服を見つけて所々焼き焦げたそれを大きく広げてみた。
「……で、当のアリアちゃんは?」
「今は街中へ両親捜しに行ってるさ」
「ふーん。……しっかし、あんた達があっちこっち移動するから大変だったよ。ホント、追いかける身にもなって欲しいわ」
 ミレーヌはアリアの服を机の上に置くと、ぶつぶつ言いながら持ってきた大きな革袋の口を開いて中から次々と銃弾や手榴弾などの武器を取り出してシェドに渡していった。
「あの、ちょっと気になった事聞いてもいい?」
 ふとフィオナがミレーヌに話しかける。ミレーヌは「ほえ?」と意味不明な言葉を口にしながらフィオナへ顔を向ける。
「ミレーヌさんって、どうして左右の瞳の色が違うんですか?」
「え……? ああ、これね。これは――」
 ミレーヌは鞄をボンとシェドに投げつけると、空いた手を緋色の右目に近づけていった。そして目から何かを外すと、緋色だった右目は左と同じ緑色に変わっていた。
「これ魔眼レンズって言ってさ、魔力の波動や流れを視覚的に捕らえるモノで……まあ、魔練器作る時には欠かせないものなんだ。外すの面倒だからつけっぱなしだったのよ」
 ミレーヌの手には透明の小さなレンズが乗っていた。ミレーヌが拙い言葉であれこれレンズの説明を続けるが、フィオナはレンズを見つめて「へー」と言いながらもそれが何かちゃんとは理解できていない様子だった。
「あと、ミレーヌさんはどうやってシェドさんとアリアちゃんの居場所を追って来たの?二人が何処にいるかなんて、風の便りだけではちょっと無理があると思うけど」
「あー、それはね、……これよ」
 首を傾げたフィオナに、ミレーヌは自分の襟元から腕を胸元に滑り込ませ、中から拳くらいの大きなペンダントを取りだした。
 ミレーヌがペンダントの蓋をパカッと開くと、中には中粒くらいの変わった形のジェムが入っていた。シェドが持っていたジェムやどれも整った面体だったのに対し、ペンダントに組み込まれていたのは道端に転がる石のように大きさがばらばらの面を有したものだった。
「それは?」
「これは魔波計って言って、二つセットで初めて役に立つ道具なのよ。二つの魔波計は同じ波長の魔波を発していて、互いにその場所を把握できるんだ。あ、魔波ってのは特殊なジェムが放つ魔力の波動のことね」
「へー……」
 フィオナはマジマジとミレーヌの魔波計を見つめた。
「アリアの時計にもそれと似たような機能が付いていてな、それが両親を捜す手がかりになるんだ。ただアリアのあれはかなり古くに作られたモノだから、かなり近い距離でしか互いを認知できないし、アリアの両親が今もちゃんとそれを持っているという保証もないわけだが」
「……そうなんだ」
 ミレーヌが持ってきた弾薬やジェムを一通り確認し終えたシェドは、アリアの服を手元に引き寄せてその修繕作業を開始した。ミレーヌは窓からトラキアの街並みを見つめ、フィオナはシェドの作業をしばらく見つめた後、店へ戻っていった。
「……フィオナさんって可愛いね」
 二人きりなった部屋でミレーヌがまず口を開いた。シェドは「そうだな」と、視線をアリアの服に落としたまま答える。
「もしかして、その服、ドラゴンにやられたの?」
「――っ!?」
 ミレーヌの言葉にシェドが驚いた様子でミレーヌを見つめた。ミレーヌは窓の外を見つめたままシェドに背を向けている。
「お父さんの研究でね、聖石はドラゴンを引き寄せる可能性があるって事がわかったの」
「…………」
「神が作った天使とドラゴンは互いに引き合う存在らしく、それは黒い影が世界を覆う今でも同じなんだって。……ううん、むしろ黒い影の影響で魔物化したドラゴンにとって、天使の魔力が籠もった聖石は敵と認知されてるかもしれないってお父さんは言ってた」
「やっぱりそうだったか……」
 シェドは服の修繕を再開しながらそうつぶやいた。作業は依然丁寧だが、その表情はとても険しい。
「心当たりがあるの?」
 ミレーヌは部屋の中へ振り返り、ぱたぱたと足音を立てながらシェドの隣まで歩いてきた。
「ああ。……アリアは前回ドラゴンに襲われた時、すでに天使化していたから記憶がないんだ。だが、街の人間に話を聞いた限りそこはドラゴンが現れるような場所ではなかった。もちろん、この街もそうだ」
「なーる。じゃあ、ある程度気づいてたんだ」
「確証はなかったし、認めたくなかったからな。……アリアは最近になってますます目の前で人が死ぬのを恐れるようになってきた。そんなアリアに、自分がドラゴンを呼び寄せる存在かもしれないだなんてのは酷なことだから」
 シェドが目を細める。ミレーヌはそんなシェドの表情をしばし見つめ、
「……そうだね。じゃあこの話はアリアちゃんの前ではナシ」
 そう、明るく言った。シェドも首肯する。
 それからしばらく沈黙が続いた。シェドは黙々と作業を続け、ミレーヌは退屈そうに床に寝そべって、頬杖付きながらその横顔を見つめる。
 時折「ねえ」と声をかけるミレーヌだが、シェドは何の反応も示さない。
 ミレーヌがごろごろしていると、ふいに部屋の扉が開いた。そして音もなくアリアが部屋の中へ入ってくる。
「……あ、ミレーヌ」
「やっほー。アリアちゃん、元気してたー?」
 ミレーヌは暇つぶし道具を見つけた子供のような爛々とした笑顔を浮かべると、アリアを手招きして呼び寄せ、ギューッと抱きしめた。アリアは迷惑そうに眉を顰め、へばりつくミレーヌから逃れようとしている。
「お、背もちょっと伸びたみたいねー。次はそろそろ胸が大きくなってくるかな? ……でもお願いだからあたしより大きくならないでよぅ」
 アリアはミレーヌの腕から抜け出した後、ジッとミレーヌの胸を見つめた。そして嫌味でも悪口でもなく、
「フィオナの方が大きい」
 と素直な感想を述べた。
「……アリアちゃーん」
 ミレーヌは眉をひくひくと動かした後、笑顔で立ち上がるとアリアを捕まえようと部屋中を駆け回り始めた。
 アリアも何となく嫌な予感がするのか、ミレーヌに捕まらないよう部屋の中を走り回る。そんな五月蠅い二人のせいで、いつしかシェドの針を持つ手が震え始め、そして、
「お前らちったあ静かにしろ!」
 部屋中に響くシェドの怒声によって部屋はやっと静けさを取り戻した。


 トラキアに来て以来フィオナと一緒に風呂へ入るのが普通となっていたアリアだが、この日は半ば強引にミレーヌと入ることになった。フィオナが相手が女の子だったらいいとアリアに告げたので、アリアは何処か不満そうな顔つきでミレーヌと共に脱衣所へ向かった。
「ねえアリアちゃん、その服ってシェドが作ったの?」
 脱衣所へ向かう途中、ミレーヌが見慣れぬ紺色のベストと短いプリーツスカートで身を包んでいるアリアをジッと見つめながら尋ねた。
「そう」
「へー。超可愛いよねーそれ。あたしも同じの作ってもらおうかなぁ――きゃっ!」
 ミレーヌがそう言いながら微笑んだ時、ふいにミレーヌの足下を何かが通り過ぎた。そしてそれは周囲をしばし走り回った後、ピョンと跳んでアリアの胸に飛び込んできた。
「ヒューイ」
「あ、チロルだぁ! あたし本でしか見たことなかった。かっわいい〜」
 ミレーヌが「可愛い」を連呼しながらヒューイの頭を撫でる。アリアが、「ヒューイも一緒にお風呂入る?」とつぶやくと、ヒューイはそれに応じるよう「キュー」と鳴いた。
 二人が脱衣所で服を脱ぎ捨て、かけ湯をしてから浴槽のお湯にザブンと身を沈めると、ヒューイは浴槽から跳んでアリアの頭の上へちょこんと跳び乗った。
 ミレーヌが鼻歌を歌いながら気持ちよさそうにしている前で、アリアはヒューイを頭から下ろしてお湯に浸からせようとするが、ヒューイは嫌がってアリアの頭から下りようとしない。
「毛が濡れるのを嫌がってるんじゃない?」
「……お風呂嫌いはよくないって、シェド言ってた」
 そう言いながら頭上で必死に逃げ回るヒューイを捕まえようとするアリア。ミレーヌはクスクス笑いながらその様子を見つめていた。
 結局嫌がるヒューイを捕らえることはできず、ヒューイがアリアの頭上で勝ち誇ったように、「キュッキュルー」と垂れた耳を少しだけ持ち上げながら鳴いた。ヒューイの鳴き声を聞いて、しかめっ面のアリアは顔を半分湯船に沈めながら口からブクブクと気泡を上げた。
「アリアちゃん、ちょっと変わったね」
「……変わった?」
 沈んでいた唇を湯船から浮上させ、アリアが小鳥のように首を傾げる。ミレーヌはこくんと頷いて風呂場の天井を見つめた。
「すごく可愛くなったよ。随分普通の女の子っぽくなった。フィオナさんのお陰かな?」
「……普通の女の子」
「うん」
 ミレーヌが浴槽から出て鏡の前にある椅子に腰掛けた。そしてアリアを呼び寄せ、フィオナより若干荒い手つきでアリアの髪を洗い始める。
 シャンプーの泡を洗い流し、今度はアリアの体を泡だったスポンジで洗い始めるミレーヌ。そしてアリアの胸元でスポンジを止め、そこにあるサファイヤのような蒼い石をジッと見つめたまま目を細めた。
「絶対あたしのお父さんがこれを取り除く方法見つけるから。もう少しだけ我慢してね」
「……うん」
「これさえ無くなれば、アリアちゃんはもっと可愛くなる。……まあ、あたしには及ばないだろうけど、世の中の男の大半はアリアちゃんに夢中になるよ」
 そう言いながら大口開けて笑うミレーヌを見つめて、アリアが微かに頬を緩ませる。そしてジッとミレーヌの胸元を見つめた後、先ほどと同じく悪気無く、
「やっぱりフィオナの方が大きい」
 そうつぶやくアリア。
 その後、風呂場から響くミレーヌの大声に部屋で修繕作業を続けていたシェドが顔をしかめたのは言うまでもない。
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