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第二章 自分の過去と他人の今

 アルトレア大陸のほぼ全土を支配する強大な王国、トルメキア。王都カラトスには国王の住む強固な石造りのトルメキア城があり、城下町はその四方に広がっていた。
 生憎の雨模様の日、城の一室では国王を交えた秘密裏の会議が行われていた。上座に国王が腰を下ろし、その両脇には軍服に身を包まれた中年の男が立っており、下座には細身の男が両手をテーブルの上で組みながら国王を見つめていた。男の脇には長い黒髪の女と隻眼の赤い髪をした男が立っている。
「……計画が中々進行していない様子だが?」
 威厳ある口ひげを生やし、豪奢なマントに宝石が埋め込まれた装飾具を数多く身につける国王が、睨むような目つきで向かいに座る男に言い放つ。スーツでピシッと身を固め、赤茶けた短い髪を整然とセットした男は毅然とした態度のまま、
「いえ、計画は順調に進んでいます。儀式に必要な物もあらかた揃いましたので、後は玉座と残る最後の天使を見つけ出すだけです」
 よく響く低音で答えた。
「あれはどうなのだ。行方不明だという、例の天使は」
「問題ありません。今は追跡よりも最後の天使を探す方を優先させているだけですから」
 淡々と答える男に対し、国王は決して表情を緩めなかった。両脇に立つ軍服の男達も、まるで敵対しているかのような厳しい視線を送っている。
「では、我々はこれで失礼します」
 男がそう言って立ち上がり、国王の許可を待たずに部屋を出て行く。それに続き、黒髪の女と赤髪の男も部屋を去っていった。
「王様……」
 男達が去ってしばらく経った時、国王の左手に立っていた男が口を開いた。小麦色の髪に深い皺のある厳つい顔つき。男達が去っていった扉を見つめながら、鳶色の瞳を細めて眉をキッとつり上げる。
「何だ、レイナス将軍」
「やはり、あの男は信用なりません。確かにニーヴルは常にこの国を影から支えてきた組織ですが、あの男がトップに立って以来、どうも不穏な動きが目立つようになったと思うのです」
「……うむ」
 国王は男達が出て行った扉をジッと睨み続けていた。
「警戒は怠るな……」
「はっ!」


 城の廊下に足音を響かせながら、三人の男女が紅い絨毯の上を進む。
「レミネーラ、私はこのまま王都にある本社に戻る。最後の天使とレオの件はすべてお前に任せる」
 黒いスーツを着た背の高い男が言うと、その脇でヒール音を響かせていたレミネーラが「わかりました、社長」と小さく答えた。隻眼のカルネは周囲を警戒しながら二人の少し後方を歩いている。
「国王とて馬鹿じゃないからな、目に見える形で忠誠心とやらを示さねばならんようだ」
「……では?」
「うむ。すでに覚醒を終えた天使を数体、こちらに送るよう指示を出してくれ」
「わかりました。すぐに手配します」
 レミネーラは社長と呼んだ男の隣で小さく首肯した。サラサラと艶やかな黒髪が揺れ、事務的でない慕情の籠もった笑みを浮かべる。
「頼んだぞ。それからカルネ……」
「はい」
「……施設に侵入したという奴らの正体は掴めたか?」
「いえ……。確認された四人の内、三人の捕獲には成功しましたが、結局口を割ることなく自ら命を絶ちました」
「そうか……。その件はお前に任せる」
「はい」
 男はカルネにそう言いつけた後、別の護衛を付けて城の奥へ消えていった。レミネーラとカルネは真っ直ぐ城門へと向かい、城下町へと身を移した。
「すでに集めているのよね?」
 城を出てカルネがレミネーラに黒い日傘を差し出す。レミネーラは傘を開きながらカルネに尋ね、カルネは無言で頷いた。
「そう。久しぶりね、“ガンズ”を全員集めるのは」
 レミネーラはそうつぶやき、カルネと共にカラトスの道をゆっくりとした歩幅で進んだ。しばらくして二人がたどり着いたのは、小さな街角のバーだった。
「closed」の看板が立っていたが二人はそれを無視して扉を開き、階段を下りて地下の店へと足を踏み入れる。
「……レミネーラ様、相変わらずお美しいですね」
 レミネーラとカルネが現れると、すでに店の中にいた三人の男女が一斉に二人の方を振り向いた。
「ありがとう、アルフレッド。あなたも変わらず元気そうね」
 ルージュで潤う唇を微かに開き、妖艶な微笑を浮かべてレミネーラは席に腰を下ろした。アルフレッドと呼ばれた栗色の髪をした青年は、レミネーラにグラスを差し出し、そっとワインをそこへ注いだ。
「それからキャロル。あなたはますます綺麗になったわね」
「そんな、レミネーラ様には及びませんよ」
 アルフレッドの隣に腰掛ける、片眼鏡をかけた女。キャロルと呼ばれたその女は、カールした赤毛に手を添えながらそばかすの多い頬を緩めた。
「そしてミゲル。あなたとこうして顔を合わせるのは二年ぶりくらいかしら?」
「……そうだな」
 店の奥で静かに透明のグラスに入ったブランデーを嗜みつつ、ミゲルと呼ばれた男はレミネーラを一瞥してそっと目を細めた。アルフレッドとキャロルがまだ十代後半に見えるのに対し、ミゲルだけが一回りも二回りも年上の三十代半ばの大男だった。
「こうしてガンズの四人が揃うなんて本当に久しぶりですね。カルネはレミネーラ様の右腕としていつも施設の所にいるんで、任務の報告をしに行けば顔を合わせることになりますけど、キャロルやミゲルさんには滅多に会えませんから」
 アルフレッドはそう言いながらミゲルとキャロルに歯茎までしっかり見える独特の笑みを浮かべた。ミゲルは別段反応を示さず、キャロルは「そうねー」と相づちを打った。
「今日、あなた達に集まってもらったのは社長直々に任務を割り与えたからよ」
「……ほう、じゃあ計画の遂行が近いということか」
「ええ」
 レミネーラは不敵な笑みを浮かべながらカルネより書類の束を受け取り、文面を見つめながら一束ずつ、カルネ以外の三人に手渡した。
「カルネは今まで通り私の側で働いてもらうけど、あなた達にはそれぞれ違った任務が与えられるわ」
 レミネーラは一口だけワインを口へ注ぎ、グラスの底でテーブルに円を描きながら紫色の瞳を細める。
「アルフレッドは国王の護衛と銘打った監視。特に軍部の連中には気をつけて」
「わかりました」
「キャロルは残る天使の捜索の陣頭指揮。そちらの命令系統はすべてあなたに任せるわ」
「はい」
「……そしてミゲル、あなたはレオの捕獲をお願い」
 ミゲルは渡された書類に目を落としながら笑みを浮かべていた。書類を握る手に力が籠もっており、紙の端がクシャッとしわになっている。
「もちろん、同時にそれは“魔弾”の処理も含まれているわ」
「……久々に面白い仕事になりそうだ」
 喜びに体を震わせるミゲルを見つめて、アルフレッドとキャロルも頬を緩めていた。その場ではただ一人、カルネだけが表情を全く変化させていない。
「じゃあ、みんな。よろしくね」
「はっ!」
 そこにいた者達は皆、カラトスの街を別々の方向へ進んでいった。

* * *

 次の日の朝、アリアがベッドで目を覚ましたときにはすでにシェドとセシリーの姿はなかった。
 アリアはベッドから身を起こし、窓の外をチラッと伺うと、昨日の夕方から降り始めた雪はまだ降り続いていた。
 シェド手作りの白と黒のドレスに着替えを済ました後、寒いので皮のコートを羽織り、寝癖のついた頭を簡単に櫛で梳かしてからアリアは階段を下りて宿の一階にあるダイニングへと移動した。この時期にスノーレンを訪れる人間などそうそうおらず、ダイニングではシェドが一人、静かに朝食を食べていた。
「おはよう。……セシリーは?」
「おお、今日は寝坊か? セシリーなら朝食を食べて出かけたぜ」
「出かけた? 何処へ?」
「……さあな。どうせどっかブラブラしてんだろ」
 シェドが興味なさそうに答えると、テーブルの上に乗っていたコップを片手で持ち上げてその中のコーヒーをごくごくと勢いよく飲み、一気にコップの半分を空にした。アリアも宿の人間に頼んで朝食を用意して貰い、サンドイッチとミルクをお盆に乗せてシェドが居るテーブルへ戻ってきた。
 椅子に腰を下ろし、アリアは両手でコップを掴んでゴクゴクとミルクを飲む。旅の始めの頃にシェドが、背が伸びるように飲める日はちゃんと飲むようにと言っていたので、野宿を除いて街に居るときの朝食には極力ミルクを取るようにしている。
「ぷはっ……」
 一気にコップの半分を飲み干すと、アリアの唇の上に白いひげが出来ていた。アリアはそっと取り出したハンカチで口元を拭い、サンドイッチに手を伸ばす。その時、ふとシェドがニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべてアリアを見つめているのに気づいた。
「なに?」
 自分を見つめて笑みを浮かべるシェドを怪訝に感じ、アリアは表情を歪めた。シェドは飄々とした笑みを改めようとせず、
「いや、前は上着の裾で口元を拭いてたのに、ちゃんとハンカチの使い方を覚えたんだなぁと思って」
 感心しているのか、小馬鹿にしているのかハッキリしない言葉をつぶやいた。
「…………」
 アリアは小馬鹿にされたと思い、眉を顰めて頬を膨らませながらツンと顔を背けた。そっぽを向いたまま、小さな手には余るほど大きいサンドイッチを口に運ぶ。
「しかし、セシリーのヤツはこんな朝早くから一体何処に行ったんだろうな?」
 シェドが頬杖をついてサンドイッチを頬張り始めた。アリアは無言のまま、小さな口で大きなサンドイッチを虫食いにしていく。
「未だにアイツが何考えてるのかはサッパリわかんねー。それ以前に何で一緒に居るのかすらわからねぇ。取りあえず一緒にいる、とか言ってたくせに、もうかれこれ半年だ」
 サンドイッチを四口で食べ終えたシェドが、ブラックのまま飲むにも関わらず、スプーンでぐるぐるとコーヒーをかき回し続けた。
「まったく、いつまで一緒に居るつもりなんだか……」
 ふと、その言葉がアリアの頭にこだました。
「…………。シェドは──」
 シェドがスプーンを皿に置いてコーヒーカップを口元へ近づけた時、ようやくサンドイッチを食べ終わったアリアは、そっと伏し目がちにつぶやいた。
「ん? 何だ?」
「あ……。……シェドは今日、どうするの?」
 コーヒーカップから自分へシェドの視線が移ると、アリアはビクッと肩を震わせた後、一度視線をテーブルに落としてから再度シェドを見つめてそう尋ねた。本当に尋ねたいことは他にあったが、何故かそれは躊躇われた。
 シェドがアリアの余所余所しい態度に疑問を覚えることなく「んー……」と腕を組んで唸っている様子を、アリアは曇った表情で見つめる。
「そうだな、必要な物の買い出しを早めに済ませておきたいし、傷んだ服の修繕もある。最近使ってないから銃の手入れもしなきゃならんし、やること山積みだ」
「そう。……私はお母さんとお父さんを捜す」
「気を付けろよ。組織の奴らは居ないみたいだが、軍の人間がゴロゴロしてるから」
「うん」
 アリアが頷くとシェドが立ち上がる。それに続いてアリアも立ち上がり、二人はダイニングを出口へ進み始めた。途中、先ほどシェドの所へ朝食を運んできた若い女性にシェドが「美味しかったです」と礼を述べ、アリアもシェドに習ってペコリと頭を下げた。
 ダイニングを出て階段を上る時、アリアはふとその歩みを止めて、のっしのっしと気怠そうに階段を上がっていくシェドの広い背中を見つめた。
 見慣れた大きな背中。戦うときは自身の背中を預け、歩くときはその横に並び、傷ついた時には何度も乗せて貰ったシェドの背中。
 “いつまで一緒に居るつもりなんだか……”
 アリアは目を細め、少しうつむき加減に視線を落としながら、
「シェドは……。シェドはいつまで私と一緒に居てくれるの……?」
 そう、小さく小さくつぶやいた。


 宿の前でアリアと分かれたシェドは、宿で借りた茶色い傘を差して雪の降り続くスノーレンを歩いていた。昨日は除雪されていて通りやすかった道も、今は一歩踏み出すたびに三センチほど雪に足が埋もれてしまう。
 うんざりを絵に描いたような顔つきでシェドは空の鞄を背負ったまま道を進む。街の広場まで来ると、こんな天気にも関わらずフリーマーケットのある方向から賑やかな声が響いてきた。
「……旅に必要な物が売ってるとは考えにくいが、まあ、一応覗いていくか」
 ぼそりと独り言をつぶやき、シェドは昨日と変わらず多くの人で賑わうマーケットへ近づいていった。何の気なしにブラブラと歩き回り、時折足を止めて商品をジッと見つめる。そんな作業を小一時間続けていたとき、
「あ……」
 女性の声がシェドの歩みを止めた。シェドがチラッと声の主を伺うとそこには昨日、アリアが食い入るように見つめていた装飾品の店を広げていた女性が驚きの表情を浮かべてシェドを見つめていた。
「……どうも」
 歯切れの悪い挨拶をしつつシェドが頭を下げると、女性は周囲を伺うように忙しなく首を左右に動かし、一歩だけ後ろ足を引く。かなり挙動不審だが、やはりシェドには警戒されるようなことに思い当たる節はない。
「あの……、通報なされたんですか?」
「はい? ……何の話ですか?」
「え……? あ、うちの娘がその、あなたの連れていたお嬢さんに、えっと、あの……」
 女性がうつむき加減にそわそわしながら言葉を紡ぐ。何となく事情を察したシェドは、そっと女性の手を取った。
「あっ!」
「すいません、ちょっといいですか」
 そのまま女性の手を引き、シェドはマーケットから離れた所にある喫茶店へ半ば強引にその女性を連れ込んだ。シェドに手を引かれている間、女性は全くと言っていいほど抵抗しなかった。無理矢理拉致しているようだが、シェドは全然そんなことは気にしない。
「……すいません、コーヒーと……、紅茶をお願いします」
 店に入り一番奥のテーブルに腰掛けたシェドは、そっと女性の様子をうかがってから店員にそう注文した。そしてコーヒーと紅茶が届くまでの間は窓から外を眺めたまま口をつぐみ、店員がそれらを運んできてからようやく口を開く。
「申し訳ありません、いきなり連れてきたりして」
「……いえ」
 女性はずっと俯いたまま、膝の上で両手をグッと握りしめている。シェドを見ようとせず、まるで怯えるように肩をカタカタと震わせていた。
「私は何も知りませんし、見てもいません」
 自分を直視しようとしない女性に対し、シェドはそう切り出した。
「え?」
「本当です。でも、連れの少女の態度が昨日から少し変でしたし、失礼ですがあなたの辿々しい態度を見て、大体の事情は察することができました」
 シェドはコーヒーを一口飲み、両手を組んでその上にあごを乗せた。女性が微笑むシェドの黒い瞳を上目遣いに見つめ返し、無言のまま視線をテーブルに落とす。
「娘さんはジェムが使えるんですね。そして、この街ではジェムが使える人間はトルメキア軍によって無理矢理本国へ連れて行かれる」
「……はい」
「やはりそうでしたか。……でも心配しないで下さい。私も連れの少女も、決して軍にそのことを通報したりしませんから」
「本当ですか?」
「ええ」
 やっと顔を持ち上げて自分を直視した女性にシェドは爽やかなスマイルで応じる。女性も緊張の糸が切れたのか、大きく息を吐いてシェドが頼んだ紅茶へと手を伸ばした。この手の社交マナーも、組織にいた頃はお手の物だった。
「娘は……、何度言い聞かせてもジェムを使ってしまうんです。この間も、猫が寒そうだったからといってフレアジェムを持ち出したことがありまして」
「優しい娘さんなんですね。……でも、こうも軍の人間が多くては、お母さんは気が気でないでしょうに」
「はい……」
 カチャリと陶器同士がぶつかる音がこだまし、女性はティーカップから手を放してハンカチを取り出すと、そっと自身の瞳をそれで拭った。こんなところをミレーヌに見られたらうるさいだろうと思いながら、シェドは黙ったままその様を見つめる。
「私は旅の者なのですが、この街は聞いた話と実際とでかなり食い違いがありますね」
「……前は、こんな街じゃなかったんです。でも数年前に、古代都市遺跡の一つから奇妙な石が見つかって以来、この街はとても変わってしまった」
「石?」
「はい。とても大きなジェムらしく、発掘された当初は色んな街からジェム商人が街を訪れました。でもその一月後、トルメキアが大軍を率いて街に侵攻してきたんです」
 瞳に涙を浮かべながら話す女性の言葉を聞いて、シェドは驚きの表情を隠さずにはいられなかったた。女性の言う大きなジェムとその後訪れた軍。その背後で暗躍したであろう組織のことが、ふっとシェドの脳裏をよぎる。
「街の男達も遺跡の調査やジェムの採掘といった強制労働を強いられて、夫もかれこれ半年以上街に戻ってないんです」
「……ご主人は、その大きなジェムが発見された遺跡で働かされているんですか?」
「はい。夫だけではなく街の男達の多くがその遺跡で年中休まず働かされているんです」
「その遺跡の場所を教えて頂けますか?」
 シェドは逸る気持ちを抑えながら極力丁寧な口調で尋ねる。大きなジェムが採掘された古代都市。そこには何か、アリアの聖石を取り除く鍵があるかもしれない。
「……遺跡は街の北西にある門を出て二時間ほど西へ進んだところにありますけど、どうしてそのようなことを?」
「いえ、……考古学に興味がありまして」
 シェドが笑いながらそう言うと、女性は「はあ」と相づちを打ちながら目をパチパチさせた。そして再び沈痛な面持ちで俯き、口をふさぐ。
「そうだ」
 重たい空気が充満する前にシェドがカラッとした声を発する。女性が不思議そうに顔を持ち上げたので、シェドは白い歯を見せながら晴れ晴れとした笑顔を浮かべた。
「昨日フリーマーケットで売ってた薔薇の髪飾り、まだ売れてませんか? もしまだ残っているのでしたら売って頂きたいんです」
「は、はあ……。はい、まだ売れてません……けど」
「おいくらですか?」
「そんな、お金なんて結構です。……娘のことを黙っておいて頂けるのでしたら、もう、それだけで十分です」
 シェドが財布の口を開くと、女性は両手を左右に振りながら同時に首も左右に振った。そして持っていた手提げ鞄を開き、中から昨日店に並んでいた商品のいくつかをテーブルに広げた。
「これですね、はい。あの子にきっと似合いますよ」
 微笑みながらシェドに髪飾りの入った小箱を渡す女性。しかしシェドは手渡された小箱を曇った表情で見つめ、そのまま懐にしまっていいものかと悩んで固まっていた。これではまるで脅し取ったようではないか。
「いや、やはりただで受け取る気にはなりません」
「お気になさらずに」
「いえ、こういう形で受け取ったと知ったら、アイツが困った顔をするでしょうから」
 そう言いながらシェドは腕を組んで思考を巡らせた。ただで受け取るわけにはいかないが、その髪飾りが要らないわけではない。初めてアリアがねだった物、どうにかして手に入れてやりたいと思っていた。
「そうだ」
 妙案が浮かび、シェドはガバッと立ち上がった。女性があわただしいシェドの挙動に目をパチクリさせている所に、シェドは朗らかな笑みを送る。
「すいません、まだ時間よろしいですか?」
「は、はい」
「じゃあちょっと付いてきて下さい」
 シェドは手早く会計を済ませ、女性を先導して雪の降り続くスノーレンの街を進んだ。
 そして街の一角にある小さな宿を指さし、「あそこです」と女性に言った。


「はあーっ……」
 シェドが作ったピンク色のミトンを擦り合わせながらアリアはそれに白い息を吐きかけた。真っ赤なコートについたフードを深々とかぶり、アリアは同じ赤で統一された長靴でザムザムと雪道を進んでいく。フードの上にはすでに白い雪が一センチほど積もっていた。
 こんな天気のせいか、昨日スノーレンの街の子供達が戯れていた場所には雪だるまがポツンと寂しげに立っているだけで、その回りに子供達の姿はない。
 アリアは雪だるまを横目で一瞥し、その脇を通り抜けていった。その時、
「あ、あの……」
「……え?」
 昨日シェドと手をつなぎながら通った道とは別の小道にアリアが入ったとき、建物と建物の間にある、人一人通るのがやっとなぐらい狭い道の奥から幼い少女の声が響いてきた。
 アリアが振り向いて少女の姿を確認すると、そこには自分と同い年くらいの少女が怯えるような眼差しでアリアを見つめていた。少女はポンポンのついた毛糸の白い帽子をかぶり、茶色いぶかぶかのジャンパーを着て首には灰色のマフラーを巻いていた。
 昨日とは服装は違うが間違いなく広場ですれ違った母娘の娘だった。そしてそれはスノーレンに到着した一昨日の晩に宿屋の窓から見た、フレアジェムを使った少女でもあった。
 アリアは周囲を警戒し横目で辺りをうかがった。そして誰もいないことを確認し、そっと少女に歩み寄ってそのまま狭い道へと潜り込んだ。
 建物の合間にある狭い道には木製の樽や箱が二、三個並んでおり、その影に隠れれば通りからは小柄なアリアと少女の姿は確認できなくなる。建物の窓がある部分には出っ張った屋根があり、二人は雪を避けるためその下に移動して雪のない地面にしゃがみ込んだ。
「私、アリア。あなたは?」
 口をパクパクさせながら困惑した様子で言葉を出しあぐねている少女に、アリアは若干頬を緩ませながら落ち着いた口調で尋ねた。自分では頑張って笑みを浮かべているつもりだったのだが、シェドのようにうまくは行かず、少女にはアリアが怒ってるように見えたらしく、依然として眉を顰めてオロオロしている。
「あ、あたし、ウエンディ。えっと……、あの……」
 拙い言葉で必死に何かを釈明しようとする少女にアリアはそっと頷いて見せた。
「大丈夫。誰にも言ってない」
「えっ、ホ、ホントッ?」
 アリアの言葉を聞いて思わず大きな声をもらすウエンディを、アリアは口の前に人差し指を立てながら注意する。それを見たウエンディはバッと両手で口を覆い、そっと通りに誰も居ないことを確認した。
「……昨日、女の人が無理矢理連れて行かれるの見た。ジェムが使えるからだって聞いた。だから、あなたのことを誰かに言ったら連れて行かれるかもしれないって思った」
「……うん。そう、なっちゃうと思う」
「無理矢理連れて行くのは駄目。絶対に駄目。だから、あなたのことは誰にも言わない」
 アリアがハッキリ言うとウエンディは小さく「ありがとう」と答え、ニコッとアリアに微笑んだ。頬に愛らしいえくぼができ、同時に白い息が口元より上る。
「……ええっと、名前なんだっけ?」
「アリア」
 先ほどアリアが名乗った時は違い、ウエンディは小声で何度か「アリア」と繰り返した。
「えっと、アリアちゃんは旅の人なの?」
 アリアが首肯で応じると、
「そうなんだ。あたし、スノーレンから出たことないからわかんないんだけど、世界には全然雪が降らない所もあるってホント?」
 ウエンディが楽しそうに返す。ウエンディは先ほどまで曇っていた表情が嘘のように、年相応の愛らしい笑顔を浮かべていた。そんな笑顔に少しだけ羨望を抱きながら、アリアはウエンディの質問に答える。
「……同じ場所に長い間留まったことないからよくわからない。けど、前に行った街は冬でもちょっとしか降らなかった」
「そこなら猫さん達も過ごしやすいだろうな」
「猫は寒いの苦手。チロルも一緒だから、ヒューイはスノーレンに来てからずっと寒そうに震えてる」
「ヒューイ?」
「一緒に旅してるチロルのこと。前に行った街で、友達から預かった」
 昨日はセシリーの胸に飛び込んで外に出ることになったヒューイだが、今日は宿の暖炉でおとなしくしているはず。
「えっ! チロルって、あの猫さんより耳が長くて垂れている動物のこと?」
 ウエンディが目を輝かせながらアリアを見つめると、アリアはコクンと首を縦に振った。それを見たウエンディは一層目を輝かせる。
「……見たい?」
「見たいっ!」
 しばらく黙っていたアリアがジッと自分を見つめるウエンディに尋ねると、ウエンディは待っていたかのように即答した。子猫にミルクをあげたりと、どうやらウエンディは猫科の動物が好きらしい。
「わかった」
 アリアはすっくと立ち上がり、ミトンでおしりの辺りについた土を払うと、そっとウエンディに手を差し伸べた。ウエンディが嬉しそうにその手を握って跳ねるように元気よく立ち上がる。
 そして二人は雪道に足跡を残しながら、小走りで宿屋のある方へ走っていった。


 シェドに連れられて宿屋にやってきた女性が少々困惑した面持ちで目をパチパチさせている。シェド達が今居るのはシェド達が借りている宿屋の一室で、現在そこにはシェドと女性の二人しかいない。
「あ、あの……」
 堪りかねた様子で女性が話しかけてきたのを、シェドは女性に背を向けてアリアの服が詰まった鞄を漁りながら、
「ちょっと待って下さい」
 と答えた。いきなり連れてこられて動揺している女性をほったらかしにしておくのはマナー違反だが、別に何をどうしようというわけでもない。
「これと、これ。あと、これもいいかな」
 シェドは独り言を呟きながら、次々と鞄から取り出した服をベッドの上に重ならないように並べていった。そして五着ほど並べ終えた所で女性に振り向き、手招きしながら女性を呼び寄せた。
「やはり、ただで貰うというのは心苦しいので、お礼というか、現金の代わりに物々交換ということにしませんか?」
「え?」
「これらは連れの少女のために私が作った服なんですが、どうやら気に入ってくれなかったらしく、あまり着ようとしないんですよ。でも折角作ったので捨てるのも勿体ないし、売ろうかと思っていたんです」
 女性がおそるおそるベッドに歩み寄ってそっと一着の服の袖をとり、「こ、これ、あなたの手作りなんですか?」と感嘆の声を漏らした。
「娘さんは見た目ほとんど連れの少女と体型差が無かったので、おそらくこれらの服を着られると思うんです。ですから、この髪飾りと交換と言うことで、どれでもお好きな服を受け取って下さい。どれもお気に召さないのでしたら、取りあえず持って帰って頂いて、フリーマーケットで売ってしまっても構いません」
 女性が「よろしいのですか?」と尋ねると、シェドは笑顔で「ええ」と応じた。女性はベッドの上に並べられた服を一着一着手に取ってみながら、にこやかな表情を浮かべていた。物々交換ならシェドとしても心苦しくない。
 ふとキィィという木が軋むような音がこだまし、二人の居る部屋の扉が開いた。シェドが振り向くと、そこにはアリアが、アリアと年の近い赤毛の少女と手をつないで立っていた。シェドの隣に立っていた女性もそっと扉の方へ体を向ける。
「あれ? お母さん?」
「ウエンディ、どうしてここに?」
 女性が驚いた表情でアリアと自分の娘を交互に見つめる。アリアが驚いた表情でウエンディと呼ばれた赤毛の少女を見つめる女性を一瞥してから、その傍らに立つシェドに、
「どうしてウエンディのお母さんとシェドが一緒に居るの?」
 と尋ねた。シェドは別に他意は無いであろうアリアの問いに、
「言っておくが、逢い引きなんかじゃないぞ」
 そう断ってから、簡単な経緯を説明した。
 シェドの話を聞いたアリアが話の内容ではなく「逢い引きって何?」と尋ねるので、シェドは「知らなくていい」と軽くあしらった。そんなシェドの態度に腹を立てたのか、アリアがぷくーっとむくれてツンと顔を背ける。
 シェドがアリアと話していると、アリアの隣に立つウエンディはクイッとアリアの袖を引っ張った。
「アリアちゃん、チロルさんはどこ?」
「……ヒューイいないみたい。どうしてだろう、出る前は部屋にいたのに」
「ええっ、もしかして迷子さん?」
「……たぶん、セシリーが一回戻ってきて連れて行ったんだと思う。その内帰ってくる」
 アリアがそう言うとウエンディはつまらなそうに口を尖らせる。その時、アリアとウエンディのやりとりを見ていたウエンディの母親が、
「ウエンディ、この人があなたに可愛らしい服をくれるって」
 笑顔を浮かべて娘に話しかけた。
「え? お洋服? 見せて見せてっ」
 アリアとウエンディがベッドに歩み寄り、ウエンディはその上に並べられた五着の服をまじまじと見つめた。ウエンディの年相応の反応にシェドは思わず頬をゆるめる。年の頃はアリアと同じくらい。アリアももし組織に捕まったりしなければ、きっとこんな真っ直ぐな少女に成長していたのではないだろうか。
「シェド、この服……」
「ああ。お前が全然着ない服をその子にあげようと思って」
 ウエンディと母親がキャッキャ言いながら服を見つめる脇で、アリアがぼそりとシェドに話しかけ、シェドも小声でそれに応じた。
「どうして?」
「さっき話しただろ? プレゼントを貰ったらお礼をする。それが礼儀だ」
「プレゼント……。何貰ったの?」
 アリアが首を左に傾けながら上目遣いにシェドを見つめる。シェドはポケットに手を突っ込み、そこから小さな小箱を取り出し、前屈みに腰を折って小箱をアリアに手渡した。
 シェドのポケットから現れた小箱を両手で丁寧に受け取ったアリアは、きょとんとしばらく小箱を見つめ、その後もう一度シェドを向いて今度は右に首を傾げる。
「開けてみろよ」
「……うん」
 アリアがまるで怖がってるみたいに肩を強ばらせて、ゆっくりと小箱を開く様子をシェドは穏やかな笑みを浮かべながら見守っていた。中には白いふわふわの梱包用の綿が詰まっており、その中央に煌びやかな宝石で出来た薔薇の形をした髪飾りが収められている。
「これ……」
「ああ。あの子のお母さんが、娘のことを軍に通報しないでいてくれるお礼にって」
「――っ!? シェド……、気づいてたの?」
「いや、俺は見てないけど、お前の態度で大体わかった」
 さらっと答えたシェドの前でアリアが表情を曇らせながら小箱をギュッと握りしめた。
 本当は黙って隠し通しかったのだろう。連行される人間に昔の自分を重ねて心を曇らせているアリアの純粋な思い。シェドにはそれがとてもよく伝わってきた。
 シェドは申し訳なさそうな表情を浮かべるアリアの頭をポンポンと軽く叩く。
「深く考えるな。欲しかったんだろ、それ。だったらほら、ちゃんとお礼言ってこい」
 アリアが顔を持ち上げるとシェドはカラカラと白い歯を見せながら笑って見せた。アリアは首肯で応じ、ささっとウエンディの母親の元へ駆け寄った。
「あの……」
「え?」
「これ。……その、ありがとう」
 強ばった表情のままアリアはペコリと頭を下げ、髪飾りに付いた鈴がチリンと鳴り響いた。娘を見守るような気分でシェドはその様子を見つめていた。
「いいのよ。こちらこそ、ウエンディのこと秘密にしてくれてありがとうね」
「うん。絶対誰にも言わない」
「……それと、本当にこの服貰っちゃっていいの? あなたの服なんでしょう?」
「いい。私、他にもいっぱい持ってるから」
 母親が尋ねるとアリアは自分の鞄を指さしながら首を縦に振った。母親が視線を移すと、確かに開いた鞄の口からワゴンセールのように子供服が顔を覗かせている。どれも全部、シェドがアリアのために作った物だ。トラキアで馬車が手に入って以来、置く場所に困らないので増える一方である。
「アリアちゃん、じゃあこれとこれ貰っていい?」
「いい。きっとウエンディに似合う」
「わーい。ありがとうアリアちゃん。ありがとうおじさん」
「……おじさん」
 満面の笑みでお礼を言ったウエンディに対し、シェドは引きつった笑顔で応じた。そしてウエンディに聞こえないように小声で、「おじさんか……」とため息混じりに呟く。確かにウエンディから見れば、お兄さんよりおじさんの方が近いかもしれないが、内心かなり複雑だった。
 しばらくしてセシリーがミレーヌを引き連れて部屋に姿を現した。珍しい組み合わせにシェドは思わず首を傾げる。
「ちょっとそこで出くわして、シェドに用があるからって言うから一緒だったのよ」
 セシリーは特に抑揚無くそう答え、「ごゆっくり」と、まるでウエイトレスみたいな言葉を母娘に投げかけてその場を去ろうとする。
「あ。待って、セシリー」
 テーブルがある隣の部屋の扉にセシリーが手をかけた時、思い出したようにアリアがセシリーを呼び止めた。
「何?」
「ヒューイ知らない?」
「ああ。忘れ物を取りに戻った時、部屋の隅で寒そうに体を震わせていたから、一階のダイニングへ連れて行ったわ。あそこはずっと、暖炉の火がついてるから」
 アリアがセシリーの言葉を受けてそそくさと部屋を出て行く。セシリーはアリアが出て行った後、隣の部屋へと伸びをしながら消えていった。一体どこで何をしていたのか、どうしてミレーヌと一緒に帰ってきたのか、シェドは多少気になったが別段聞いたりはしなかった。
「お客さん居るし、あたしも向こうの部屋に行ってようかな。後で渡すものがあるから」
 ミレーヌは、鏡の前で自分に服を重ねる少女と、その傍らで微笑んでいる女性を一瞥してからシェドにそう言った。シェドは短く、「ん」と答える。
 ミレーヌが隣の部屋に姿を消したのと入れ違いに、アリアがヒューイを頭に乗せて部屋に戻ってきた。ヒューイは暖房のあるダイニングから無理矢理連れてこられたせいか、耳を垂らして不満そうに「キュー……」と鳴いていた。
 結局昼近くまでウエンディ達は部屋にいて、部屋中に少女の甲高い声が響いていた。


 すでに昼下がりの二時過ぎ。セシリー達は宿のダイニングで遅い昼食を終えて部屋に戻ると、テーブルがある部屋に集まった。
 まずミレーヌが、
「これ。お父さんの知り合いから貰った大粒のジェム。予備が無いって言ってたウインドジェムとアースジェムもあるよ」
 と言いながら、小さな皮の袋をシェドに手渡した。シェドは中身を確認して満足そうに笑みを零す。
「ミレーヌ、私のためにサンダージェムを持ってきてはくれなかったのかしら?」
「自分で探しなさい……っていうのは冗談で、サンダージェムは街灯とかのエネルギー源になってるから余りが無いってさ」
「そう言えば、この街の街灯は全部魔練器だったわね。……はあ、もう右腕の腕輪に埋め込んであるジェムしか魔力残ってないのよね。予備もないし……」
 セシリーはやれやれと上着の裾をめくって肘当たりまで持ち上げた。セシリーの右腕に巻き付いた金色の腕輪。そこには大粒のジェムが埋め込んであるのだが、ずいぶんと魔力が失われたせいか色あせた黄色をしていた。
 銃や剣を使わず徒手空拳で戦うセシリーにとってジェムの力は必要不可欠。もし今使ってるジェムの魔力が切れたら、戦力が著しく低下することになる。
「今は両足のアンクレットと左の腕輪にはジェムが埋め込んでないから、もし組織の追っ手と戦う羽目になったら正直やばいわねぇ……」
「今度、弾薬の補給を持ってくる時までに探してくるわ。お父さんの研究室にも多少はあるから、くれるよう頼んでみる」
「お願いね」
 二人のやりとりの後、シェドがミレーヌから受け取った袋を上着の内ポケットに収めてから、
「明日のことについてちょっと話がある」
 と話を切りだした。普段になく真剣な顔つきに、セシリーは目を丸くしながら首を傾げる。ミレーヌも頭の上に疑問符をぷかぷかと浮かべていた。
「明日? ……別に今まで通り、アリアちゃんは両親を捜して、シェドは買い出ししたり、服の修繕したりするんじゃないの?」
「ああ、そのつもりだったんだが、ちょっと気になる話を耳にしてな」
「……気になる話?」
 テーブルの椅子に腰掛ける三人から少し離れた場所にあるソファーで、膝の上にヒューイを乗せながらアリアが首を傾げた。
「ああ。あの子のお母さんに、とある古代都市遺跡の話を聞いたんだ」
「ウエンディのお母さんに?」
「そう。スノーレンから西北西に進んだところにある古代都市遺跡で、数年前に巨大なジェムが発見されたらしい。そして、軍の支配が始まったのはその後だという話だ」
 巨大なジェムという話を聞いて部屋の中の一同が同じ物を想像し、セシリーとミレーヌがアリアへそっと視線を移した。アリアもジッと自分の胸元へ視線を落とす。
「……多分、その巨大なジェムというのは聖石のことだと思う。だから、必要以上に軍の人間が多いんだろう」
「でも、その割に組織の人間がいないんじゃない? それに、私はスノーレンにそんな遺跡があるって話、聞いたことがないわよ」
 アリアを見つめたままセシリーが言うと、シェドが、
「組織が進めている天使に関する計画は、俺たち一介のエインフェリアには知らされていなかったからな。計画について深く知ってしまったものは、例外なく消されている」
 と、同じくアリアを見つめながら答えた。
 確かにセシリーはシェド達を追ってトラキアを目指すよう任務を与えられた時、コードネーム“無垢なる獅子”の捕獲と、“魔弾”の消去としか言われていなかった。“心なき天使達”というコードネームは耳にしたことがあったが、それが何なのかは全然知らされていなかった。
「じゃあ、その遺跡に行けば天使や聖石について何かわかるかもしれないじゃん!」
「だが、その遺跡は多くのジェムが産出されるらしく、軍の厳しい監視下に置かれているらしい」
「……どうするの?」
 ジッと自分を見つめる三人をぐるりと見つめた後、アリアの青い瞳はシェドを捕らえたまま瞬きを繰り返した。
「俺が乗り込む。遺跡では、スノーレンの男達がジェムの採掘を強制的にさせられているらしい。俺はその男達に混じって働く振りをしながら、隙を見て色々調べるつもりだ」
 シェドがそう提案し、セシリーは特に反論無く静かに頷いて見せた。
「アリア、もしかしたら二、三日留守にするかもしれない。その間、軍の連中には気を付けろよ」
 シェドがアリアにそう告げた後、セシリーはシェドに「いつ出るの?」と尋ねた。シェドが「明日の早朝出る」と答えると、その答えを聞いたアリアがシェドをじっと見つめて、
「私も行きたい」
 と、ハッキリ意思表示をした。セシリーが驚いて振り向くと、アリアは真剣な眼差しでシェドを見つめていた。
「私も、天使が何なのか知りたい」
「ん……。いや、別にアリアが知らなきゃいけない事なんて特に……」
「嘘っ! 私、知ってる……。私が時々意識を失って、天使化してるって事」
「…………」
 シェドが曖昧に言葉を誤魔化そうとするのをアリアがソファーから身を乗り出して遮った。いつになく感情を全面に押し出しているアリアに、セシリーは思わず目を見開いて言葉を失った。
「記憶はない。でも、シェド達の話を聞いたりして大体想像できた。……私、天使化して、まるで魔物みたいに──」
「アリアッ!」
 アリアが自分を咎めるように表情を曇らせた時、シェドの怒声が部屋に響いた。アリアはキュッと肩を縮めて瞳を閉じ、アリアの膝の上で眠っていたヒューイが飛び起きて部屋の隅へ逃げていった。ミレーヌも驚いたように口を開いたまま固まっている。
 恐る恐る瞳を開くアリア。シェドがサングラス越しでも分かるほど目をつり上げて、怒りに満ちた表情でアリアを見つめていた。セシリーに口を挟む余地はなく、静かに事の成り行きを見守るしかなかった。
「……ごめんなさい」
「…………。出発は明朝六時だ。俺は遺跡の正面から入って作業員に混じる。お前は遺跡の周囲を回りながら見つからずに進入できるところを探せ」
 シェドはそう言いながら立ち上がって窓辺に歩み寄り、タバコに火を付けるとそっと窓を開いてそこから白い煙を吐き出した。
 アリアがシェドの横顔を申し訳なさそうに見つめていると、ミレーヌがアリアの脇に寄って行って、
「あたしもアリアちゃんと一緒に行くね」
 と向日葵のような笑みをアリアに投げかけた。セシリーはこちらに背を向けるシェドを一瞥してからアリアに微笑みかけ、「私も行くわ」と優しい口調で言った。
「……うん」
 アリアは俯き加減に小声でそう言うと、部屋の端で震えているヒューイを捕まえて静かに抱きしめた。
 ヒューイのふわふわの毛に小さな滴がアリアの瞳からこぼれ落ちたのを、セシリーは見逃さなかった。
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