第8日目 バスでマラガへ行き飛行機でバルセロナへ ◎ バルセロナ市内観光 昼食 日本料理 夕食
カタルーニャ料理 人口200万を超すスペイン第一の商業都市 ○
聖家族教会 1882年から建築に取り掛かり1891年ガウディに引き継がれた。ネオ.ゴシック調の
教会。ガウディの死後もいまだ建築の途中でありいつ完成するか不明。 ○ グエル公園 有名な「百本柱」などガウディの作品が満ち溢れた公園。
○ ピカソ美術館 ピカソの子供の頃から、1901-4年の作品及び青の時代、キュービズム、57年にカンヌ で製作された作品がある。ベラヅケスの「女官たち」の連作44点やエッチング の作品は必見。 |
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コスタ・デル・ソルのホテルの朝 |
マラガの空港 |
ガウディ設計のパトリオ邸 |
アントニ・ガウディ
1852年6月25日カタルーニア地方のレウスという町で生まれた。21歳でバルセロナの建築学校に入学するが、家計を助けるため建築家の助手としてアルバイトをし実践の場で学んでいった。1878年パリ万博に出品する作品がエウセビ・グエル(1846〜1918)の目に留まり、その後ガウディのスポンサーとなった。グエルの依頼や紹介により多くの建築を手がけたガウディは次第に建築家として名声を獲得するようになった。晩年サクラダ・ファミリア聖堂をを手がけるようになると、他の仕事からいっさい手を引き教会の建築に専念するようになったが、資金不足のため思うように建築がはかどらず、1926年路面電車にはねられて生涯を閉じた。 |
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グエル公園入り口 |
奇妙な遊歩道 |
遊歩道の下の構造 |
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おもちゃのような教会 |
遊歩道から観た教会 |
これも遊歩道を支える柱(中は空洞) |
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グエル公園のベンチ |
正面大階段の上はギリシャ劇場 |
ユーモラスなトカゲの彫刻 |
グエル公園は、グエルが都市再開発を計画しバルセロナの街を見下ろす高台に60戸の宅地を造成し閑静な住宅街をつくろうと計画した。ガウディがアーバンデザイン、道路整備、正門から中央広場にかけての設計を手がけたが最終的には1戸しか売れず大失敗となった。 |
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サグラダ・ファミリア聖堂(聖家族教会)
1882年フランシスコ・デ・ビヤールが建設に着手し1891年からガウディに引き継がれた。ねお・ギシック調の教会でガウディの代表作と言われているが、彼の死後いまだに建築の途中であり、完成するのは何時のことか誰にも判らない不思議な建物だ。 |
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完成している東側の「生誕のファサード」 |
1892年当時のサグラダ・ファミリア |
内部は足の踏み場もない工事現場 |
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「生誕のファサード」の下部の部分 |
横から見た「生誕のファサード」 |
全部で18の塔がそびえる予定 |
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西向きにある「受難のファサード」はガウディとまったく違った構想で建築された。 |