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2008/5/1(木)
体調よく騒がしい母でございます(笑)
もう少し静かにしてほしいです。

5/2(金)
体調よし。

5/3(土)
体調よし。

5/4(日)
日中は体調もよく珍しく静かな母でしたが
18時過ぎ、痰吸引に嘔吐したので19時の
オムツ交換は中止。原因はワイフの喫煙が
原因と思われる。かって数回、ワイフが横に
いただけで胸を掻きむしって苦しんだことがあり
私自身、タバコの煙で血圧が上がり
ここ数年、喫茶店にも行かない。
心臓に悪影響は必至であると思うが
禁煙を聞き入れてくれないので困った。

5/5(月)
体調よし。

5/6(火)
体調はいいが無口な母です。

5/7(水)
きょうは訪問看護と訪問リハビリが重なり
助手は妹に依頼する。
妻は自身の通院、私は5箇所ほど買い物に
まわる。母の体調は上々です。

5/8(木)
深夜、母の悲鳴?
「えっ どうしたの?」
この夜から電気毛布を中止したのが原因のようだ。
冷えた足に筋肉痛がでたようです。
しまい込んだ電気毛布を持ち出し強にセット。
で、母は朝まで安眠してくれましたが
電気毛布も低温火傷の原因になるので
目を離せません。
母の要求で5日ぶりの摘便を行う。
日数のわりに硬い便なのに驚いた。
7〜10日に一回だったのが短くなってるのは
よい兆候なのかな?

5/9(金)
体調よし。

5/10(土)
訪問リハビリ日です。
助手は妹に頼んで私は介護用品等の
買出しです。
最近、このパターンが定着しました。
母も歓迎してるようです。

5/11(日)
体調よし。

5/11(日)
なぜか相変わらず日曜日は
体調良好です。

5/12(月)
体調よし。

5/13(火)
午前中に関係者ミーディング
午後には訪問看護です。
ミーディングにはエヤーベッドの
レンタル業者の参加がありました。
主治医は多忙ですので FAX での参加です。
「心のポケット」からはリハビリ療法士
の I さん、それにケアマネの NY さんです。
結論は現状継続で落ち着きました。
入浴が今後の課題として残りました。
というより私が躊躇したんですが・・・
寝たきりで寝返りもできず心臓が弱い
母ですので様子見です。

5/14(水)
訪問リハビリ日。主治医訪問日。
両先生は同じ病院の職員ですので都合がいいです。
母の体調は良好です。

5/15(木)
全て順調です。

5/16(金)
体調もよく
随分、落ち着いてきました。

5/17(土)
きょうは
無口で元気がないです。

5/18(日)
昼間はよかったが夕刻メディエフ点滴中に
退院以来4回目の心臓発作にみまわれる。
血圧153 体温38.3 脈拍119である。
とりあえず点滴を中止し、朝と同じ薬を
胃ろうに注入、ニトロダームを張り替え
冷たいタオルで頭を冷やして様子を見る。
私で出来るのはここまでで無力感をあじあう。
医師なら酸素吸入、強心剤の注射等の
措置が行えるだろうに・・・
一時間後、小康状態に入る。
原因として妻の喫煙が影響してるんでは?

5/19(月)
無口で元気なし。
昨日の疲れなのか?

5/20(火) 訪問看護日です。
きょうの助手は私です。
おむつ交換以外は同方法です。
私のおむつ交換は懇切丁寧に時間を
かけますのでプロと比べるのは無理かも。
約15分の時間を費やしますがプロ流なら
5分で交換ができます。丁寧なので妹より
私に母はリクエストします(笑)最初の
頃は羞恥心から拒否反応があったのにね。

5/21(水)
訪問リハビリ日です。
珍しく頑張ったようです。
ですが顔色がよくないです。

5/22(木)
昨日より少し元気になりました。

5/23(金)
ほぼ、発作前の体調に戻り
安心しました。

5/24(土)
おむつ交換の最中、口中の痰をクリーニングしたので
嘔吐する。急遽、枕カバー、パジャマ、ベッドシーツ等を
交換する。横になった状態での吸痰、点滴中または直後に
運動しても嘔吐が起きるのは分かっていたのに大失敗です。
母は自分のせいだと小さくなってるし・・・ゴメンね。
一時間後に訪問リハビリがあったんですが元気なかったとか。

夕刻に発作です。
これで退院後、5回目です。
前回同様に心臓の薬を胃に注入しました。
4回目と同じなら2時間ほどで小康状態に入る
筈です。一日一回の薬を2回処方するのは問題だと
訪問看護師さんに指摘されましたが緊急の場合
致し方ありません。

5/26(月)
発作があり緊急に訪問看護師さんを呼びました。
一時は血圧172脈拍127を記録しましたが
夕刻には小康状態に落ち着きました。
不安な一日でした。

5/27(火)
訪問看護日です。
聴診器をあてた看護師の S さんが気になる雑音があるので
入院をとの事。救急車で O 病院に搬送、入院しました。
一応、検査入院一週間です。この際、7月に予定していた
胃ろうカテーテルの交換も予定しています。
今回は帰る家もあるので母に余裕があり嬉しいです。
また明日から病院通いになります。

5/28(水)
入院中の母を見舞いに行く。
酸素吸入、点滴中で寝ていた?が私の気配で眼を開いた。
泣いて私の手を強く握る。なんか大袈裟な状態に
なってるので悲観してるようです。
昨日の午前はよかった(計測数字は健康の範囲)なのに
午後に容態悪化緊急入院なんて・・・悪い予感がする。
途中から薬品の吸入が始まったので帰宅。
容態が悪くなった時、その場にいなかったので
なんか釈然としない・・・・
妻が傍にいる時に限って6回目の発作である。
喫煙したら母の近かくに寄らないように注意してるが・・・
前回、入院したらかえって悪くなり一時は主治医の先生から
覚悟するように言われた。更に入院した時より
悪くなった状態で退院を促された病院にも不信感ありです。

5/29(木)
病室入り口の母の名札に赤ポッチがついています。
同室者3人も重病で赤ポッチです。
熱はないようですが激しい息使いで見てられません。
痰が気管支を塞いでいるからですが、ここでの医療行為は
出来ませんのでナースコールのボタンを握らせる。
看護師さんが大量の痰を吸引。やっと母も落ち着きました。
私に何か言おうとしますが言葉になりません。
在宅中に言葉のリハビリをと思っていたのに遅かった。
点滴は生食と抗生物質のようです。
メディエフの補給が始まると睡眠に入りました。
こんなに簡単に寝るのは睡眠導入剤が処方されてるのかな?
なら、うつろな眼も納得できます

5/30(金)
昨夜は虚しくて眠れなかった。
何故かって?それは入院決定に参加できなかった事です。
過去、5回の発作の原因を解析し、妹に伝えていたのに
1週間に1度1時間、母の世話をする看護師さんと
1週間に2、3度1時間、世話をする妹の主導で決定したのは
間違いだったと思う。過去、6ヶ月24時間介護してきた
私が決めることなのに・・・
発作の原因は妻の喫煙だと断定したのは
1、発作の時は母の横に必ず妻がいた。
2、一緒にオムツ交換の時に母がよくむせんだ。
で、妻には喫煙の後に母に近よらないように申し渡したら
それ以後、母の病状が好転したので世話は私がしてきた。
だが当日、母の横に3人がいた。起こるべきして発作が出た。
30分前に異常がなかったのに。その場を離れていたら
「悪くなったので入院する事になった」と妻が知らせに来た。
女3人発作に驚いて入院手配をしたんだと思う。
妻は3回の発作を経験してるが他2人は知らない。
呼吸が激しくなり体温が急上昇するので慌てたと思う。
手配の前に私に連絡すべきなのに・・・残念だがあとの祭り。
5回の発作に対処をした経験があるので大丈夫なのに。
対処方法は妻を遠ざけ頭を冷やしてれば早ければ10分
長くても2時間で回復する。原因を除くわけです。
最終決定は間違いだらけの妹がしてしまった。
看護師さんも実娘だから OK だと思ったんだろう。
病院到着時には笑顔もあったのに
今は苦しんでる母には申し訳なさで一杯です。
11時頃、母の見舞いに病院に向かう。
昨日より元気な様子ですが、同じ言葉を繰り返してるのに
内容が理解できません。環境変化の影響でしょうか。
メディエフは 100ml ずつ日に3回与えてるようですが
当然不足です。ソリタ-T3 で補ってるのか同時点滴です。
それに吸引した痰に血が混入しているのが気になります。
痰吸入時カテーテルで粘膜を傷つけたんでは?

5/31(土)
母の見舞いに叔父夫婦と行く。先客に妹の友人がいた。
母は笑顔もなく意味不明の言葉を発するのみ。
会話が成り立たないので早々に叔父夫婦は帰宅する。
別れ際に手を振ったので分かってはいるようだ。
環境の変化で悪い方向に向かいつつあるように感じる。
入院の措置が間違ってると思う。
親族の同意なしに訪問看護師さんが手続きを
しないでしょうし、私が反対すると分かってるので
妹が先に手を打ったということか?残念です。






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